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2018.4.19 UP

ものづくりへの愛がガソリンに。ハードウェアベンチャーの世界を支えうる「街の機械屋さん」の未来像 新井田鉄工所

私たちの生活に必用なあらゆる「もの」。

これらは、もとを辿れば全国のどこかで、工場や職人の手によって作られています。
それでは、そんなつくり手側の職人たちが「もの」を生み出すときに使う機械は、一体どんな人が作っているのでしょう。

新井田鉄工所は、ものづくりの街・燕三条でさまざまな分野のものづくりを陰で支えてきた「機械屋さん」で、消費者から見れば、ものづくりの裏側の裏側的な存在。
メーカーの工場で使われるような工作機械を中心に製造し、細かい設計から機械のカラーリングまで、オーダーメイドで要望に応えることもあります。

自らお客さんの工場に足繁く通い、ハードウェア系のベンチャーによる「次世代のものづくり」にも可能性を見出す新井田鉄工所の力の源は、昔から変わらず、作ることへの好奇心。

数々の「こんなもの作れないかな?」を実現してきた新井田鉄工所が目指す「次世代の機械屋さん像」に迫ります。

 

あらゆる相談を技術で解決してきた街の機械屋さん

 

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正面から見た新井田鉄工所

 

「どんな機械を作るのも、やることはだいたい一緒なんですよ。」
新井田鉄工所の専務・新井田満さんは、そう話します。

機械屋さんの仕事は言うまでもなく、製造工場に必要不可欠な工作機械を作ること。つまり、「ものづくりのためのものづくり」です。多くの機械屋さんには専門とする分野があり、大口の取引をしている会社が決まっているのが主流です。

しかし、新井田鉄工所では現在、「うちはこの機械」といったメインの取引先を持っていません。その代わりに、燕三条周辺を始めとした、さまざまな工場から駆け込み寺として相談が持ちかけられ、あらゆる分野の工作機械を製造しています。

ものを作るための機械を作る。一般消費者の私たちにとっては想像のつきにくい世界です。

一体、機械を作る人の頭の中はどうなっているんだろう?
どんな風に工場で目にする様な複雑な機械が作られていくんだろう。

素朴な疑問と期待感を胸に、まずは新井田鉄工所の工場内を見せてもらいました。

 

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工場内には、機械や部品が整然と詰め込まれています

 

クリーム色に塗られた壁が明るい雰囲気を演出するこの工場は、2009年に移転してきてから、たくさんのものづくり企業の要望に応えてきました。

工場内の引き出しには、さまざまな種類の部品がびっしり。
例えば、ネジは3〜20㎜まで、綺麗に分類して常備されています。

 

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きちんと仕分けされた、さまざまなサイズのネジ

 

「使いたい時に『あれ、ない!』となると困りますからね。ここにある以外にも、いつでも持ち出せるようにケースに入った部品もたくさんあります。」

工場内を見渡すと、あちこちに置いてある道具や機械が目に入ってきます。その情景はまるで、アニメや映画で目にする工作基地。

そんな工場に置かれる一つひとつの機械が、いったいどんな用途なのかを新井田さんに説明してもらいました。

 

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手前にいくつも並んでいる白い金属のパーツは、農家などで使われるお米の重さを量る装置の一部

 

「これは、お米の重さを量る装置の制御盤です。1トンにもなるお米の重さを量るために使う機械で、うちでは年間20台くらいのペースでコンスタントに作っています。」

 

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ブルーの機械は、30年ほど前に新井田さんのお父さんが作った切削機械を再受注し、新しく作り直したもの

 

「これは、平らな板を削る切削機械。この機械は30年ほど前に僕の父が作ったもので、新調のタイミングになり、また注文がきたんです。」

ひとつの機械を納品してから次のリピート注文が来るまでに十年以上もかかるのが、この業界のビジネスの難しいところ。しっかり作れば機械の持ちはいいけれど、その分自分のところに仕事が回ってこなくなってしまうジレンマもあります。

「いつだったか、ウチはしっかり作りすぎと言われたこともあります。ウチの機械が1台壊れるまでの間に、他社の機械だったら2、3台入れ替わっていることもあると。経営的に、これはマズイんじゃないかと悩んだ時期もあったけど、同業の先輩に『それだけ良い機械を作ってるってことなんだから誇りに思えばいい』と言われ、今では割り切るようになりました。」

新井田鉄工所には、新しい機械を作るだけでなく他社の機械の修理依頼も舞い込んでくるのでメンテナンス屋の一面もあります。

 

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新井田鉄工所では、廃業してしまった他の機械屋さんが作った装置の修理を請け負うこともしばしば

 

「製造元の工場自体が倒産してしまっているケースも少なくないんです。修理は一筋縄ではいかなくて、部品を分解してみたら予想以上にガタが来ていることが判明し、四苦八苦することもありますよ。」

新井田さんはまるで工作機械のお医者さんのような存在。ものづくりが盛んな燕三条のメーカーにとっては、本当に頼りになる存在です。

 

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新井田鉄工所の機械のイメージカラーである「信号機の青」をイメージした鮮やかな色

 

新井田鉄工所の機械は、信号機の青色をイメージした目の覚めるようなブルーグリーン。
いつのころからか、これが自社の機械のテーマカラーになっています。

また、工場を一般に開放する企業が多い燕三条エリアの工場らしく、工場内の景観を統一するために、機械の色に指定が入ることもあります。新井田鉄工所には塗装室もあり、そんな細やかな要望にも柔軟に応えることができます。

そして、「これはもうすぐウチからお嫁に行く機械です」と見せてくれたのがこちら。

 

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「これは『検品』をする機械です。ベルトコンベアに商品を乗せ、この四角い箱の中を通った時にカメラで計測し、不備がないかを検査するんです。人間だけだとどうしても見逃してしまうこともあるからね。」

 

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扉を開けると、新井田さんがプログラミングをして作った制御装置が登場

 

この、扉がついている部分が「シーケンサー」と呼ばれる制御装置。
ここに動作や機能をプログラミングすることによって、機械が動きます。

一通り機械を見せてもらい、興味津々で説明を聞きながら、ふと最初に新井田さんが言っていた「どんな機械もだいたい作り方は一緒」との言葉に、疑問符が浮かびました。

——いやいや新井田さん、この検品の機械とさっきの切削機械の作り方のいったいどこが同じなんですか…?

その答えは、これまで新井田鉄工所が築いてきた依頼主との関わり方にあるようでした。

 

やってみる、行ってみる、正解は現場で見つけてきた

 

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新井田鉄工所の創業は、1958年。新潟市内にある工作機械メーカー内で仕上げや、部品メーカーでは保守を担当していた新井田さんのお父さんが独立して築いた会社です。

そんな背景から、創業当初は工作機械のオーバーホールや仕上げがメインで、修理、改造、機能追加からスタート。現在のようにオリジナル機械の製造販売もはじめました。

当時は高度経済成長期の昭和30年代。工作機械は、作っても作っても需要があった時代。三条市からもほど近い長岡市には、工作機械の大手メーカーがあり、そこから独立して機械屋さんを始める人も多くいたそうです。

 

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年季の入った作業台や椅子。ここで数々の工作機械が誕生してきました

 

幼いころから工場で機械と向き合う父の背中を見て育った新井田さんの少年時代。
何の迷いもなく電子機械科のある高校に進学し、10代から電子回路などの専門知識を学びます。

本格的に家業の手伝いを始めたのは19歳。お父さんから自社で製造している機械の簡単な回路図を渡され、実際にそれを組んでみるようにと言われたそうです。

「学校で基礎は習っているから、理屈は分かっているはずなんです。でも、実際に機械をいじってみると、全然思い通りに行きません。他の機械の制御盤を開けて見本にしながら、『ここが、こうつながって、この記号はここにあればいいのか…』とアナログ的に試して現場で学んでいきました。電源に繋ぐ電圧を間違えて、ボンッと音がしたと思えば、パワーサプライが壊れちゃった!なんて不注意もありました(笑)コンデンサを交換して直しましたけどね」

 

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そんな経験を経て、一通り機械作りの工程が身についた現在の新井田さんの主な仕事は、依頼主の要望を汲んで設計図に落とし込み、機械が形になった後にプログラムを入れ、試運転をしてから納品すること。

全体を指揮するディレクターの立ち位置で、加工、組み立ての工程は熟練の社員に任せたり、同業の機械屋さんに外注しています。

 

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新井田鉄工所で働くベテランの機械職人さん

 

「ウチの今の従業員数は、自分も含めて6人でピークでも10数人。昭和の時代は市内にも同じくらいの規模の機械屋が他にあったのですが、どこも後継者不足で少なくなっていってしまいました。この先どうなるんだろう?ウチと他はどこが違うんだろう?と考えた時に、今のスタイルになっていったんです。」

ものづくりに詳しい専門家に「個人の機械屋でよく会社が続いているね」と言われたこともあるほど、自営業の機械屋さんは全国的にも減少中です。

そのため、新井田鉄工所のように、数百人規模の大手の機械屋さんにはないフットワークの軽さと柔軟性を持つ機械屋さんは、メーカーにとっては貴重な存在なのです。

新井田さんは新潟県内をはじめ、京都や岡山まで全国どこでもお客さんの元へと足を運び、実際に現場の工場を見て、どんな加工が機械に求められるのかを事細かにヒアリングしていきます。そこで汲み取ったお客さんの要望に合わせて、機械の設計を微調整していけるのが強みです。

「工場見学、大好きなんですよ。」

 

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無邪気に微笑みながら話す新井田さんがお客さんの工場で確認しているのはかなり専門的な部分。

「同じ分野の製品を作るとしても、メーカーさんによって工程や製品へのこだわりポイントは違います。分からない部分は現場で職人さんに聞いて、すり合わせしながら機械の構想を練っていくんです。」

どんな注文にも、依頼主の中には漠然と「こんな加工が出来る機械がほしい」といったイメージがあります。話し合いの中でそれを汲み取って、「じゃあこうするのはどう?」と提案していくのが新井田さんの役目なのです。

 

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お客さんの要望に柔軟に応えるのはアナログな加工機械。これは人間の手でハンドルを回し、微調整しながら金属板に穴を開けることができます。工場内には、新井田さんが生まれる前から使われている機械も多い

 

「依頼が来たら、工場に行って現状を把握して、その分野ではどんな工程が重要なのか、どんな加工が求められているのかを現場の職人さんに聞いて、構想を考える。あとは設計し、加工して組み立てて、動きをプログラミングするだけだから、ほら。作り方はだいたい一緒でしょ?」

工作機械を作る広いノウハウが根底にあるからこそ、こうやってさまざまな分野の要望にもフレキシブルに対応できるのは言うまでもありません。

 

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「それに、面白くない工場はないんですよ。各社の企業秘密はもちろん公言しないけど、ささいな工夫や機械の使い方に、発見やヒントがたくさんあります。独自の改良が施されていたり、機械の扱い方にも人の工夫が溢れています。ユーザーさんや取引先にはいつも多くの気付きを頂いていて今の自分があるので、本当に感謝しています。」

新井田さんのものづくり全体に対する好奇心が、新井田鉄工所の最大の魅力です。

ハードウェア系のベンチャー企業が出展する「Maker Faire TOKYO」や、「燕三条メイカーズネットワーク」での取り組みもまた、新井田さんの好奇心の強さを物語っています。

 

東京で出会った、次世代を担うものづくりの領域

 

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新井田鉄工所には、見たこともないようなさまざまな工具もたくさん!

 

少量多品種の生産が主流になりつつある昨今のものづくり業界。
燕三条では、近年の新たなものづくりの担い手として注目されるハードウェア系のベンチャー、ものづくりベンチャーの製品開発や試作をサポートする「燕三条 試作・小ロットプロジェクト」が2012年に発足し、2015年からベンチャーにをターゲットに始動しました。

こうした少量多品種なものづくりの時代傾向は、機械屋さんの仕事にも影響が及んでいます。かつてのような大量生産に向いた機械の需要は下がり、3Dプリンターの様に汎用性の高い機械に注目が集まっています。

──こんな時代に機械屋として他社と差をつけていくのには、どうするべきなのか。
新井田さんは、自分が率いる会社の未来の在り方を考え続けています。

そんな中、「小回りの効く機械屋がメンバーにほしい」という周囲からの推薦があって「燕三条 試作・小ロットプロジェクト」に入会した新井田さんが知ったのが、毎年東京で開催される「Maker Faire TOKYO」*の存在です。

*Maker Faire TOKYO…「Makerムーブメントのお祭り」として、新たなテクノロジーでユニークなアイテムを生み出すつくり手たちが東京に集い、その成果を発表する場。

 

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「行ってみたら、めちゃくちゃ面白かったんですよ。いい意味でみんな『くだらないもの』を作って発表している空気感にすごくワクワクしました。」

 

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Maker Faire TOKYO の様子

 

そこで出会ったのは、100円ショップで手に入る材料を使った電動マスコットや、思わずクスッと笑ってしまうような視点から生まれたおもちゃたち。しかし、その中にはプロの機械屋である新井田さんも思いつかなかったような技術の活かし方やアイデアが沢山詰まっていたのです。

「『何なんだここにいる人たちは…仲良くなりたい!』と衝動的に感じました。いろんな出展者の作品を見ていると、どこも3Dプリンタで出力したり、樹脂を簡単に加工したりしたものが多かったので、金属加工は苦手なのかも、とピンきたんです。どこかと組んで面白いものが作れるんじゃないかと直感的に思ったんです。」

 

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あらゆるサイズのドリル。これらを機械に付け替えて、金属板に希望通りの大きさの穴を開けることができます

 

その後、「燕三条 試作・小ロットプロジェクト」の中でも次世代の取り組みに積極的に参加していたメンバーたちの間で、新しい組織の話が持ち上がりました。それが、新井田さんが会長を務める「燕三条メイカーズサポートネットワーク(MSN)」です。

「実は、最初に名前だけが決まったんです。『MSNってなんかかっこよくない?』って(笑)メンバーの中には燕三条以外にも新潟県内や加茂市の人もいたので、会長はやっぱり燕三条の人がやるべきだということになり、気付いたら会長に…(笑)」

2016年に発足してからというもの、MSNには「こんなもの作れない?」といったさまざまな相談が寄せられるようになりました。

「でも、ハードウェアベンチャーのプロトタイプ製作をメインの事業にしていくのは今のところ難しいとも思っています。ウチの会社が本領を発揮できるのは、試作を経て商品化にこぎつけた後、製品を量産できる機械を作ることだと思うんです。そこまで持っていくには、もう少し時間がかかるはず。だから、MSNの取り組みで未来を見据えて会社のPRをしつつも、今求められている機械制作へのノウハウをベースにしたノウハウを強化することがあくまで優先です。」

現在の新井田鉄工所にとって重要なのは、自社の機械製造のキャパシティを広げること。現状では人手が足らず、お客さんに待ってもらったり、時には仕事を断らざるをえなかったりすることもあるそうです。

そんな今の工場の状況を変えるには、新井田さんの右腕になってくれる若いスタッフが必要です。展示会などイベントに参加する際も、新井田鉄工所のブースには「求人」の文字があります。

 

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一緒に働く人には、経験値や技術力よりも「ものづくりへの情熱」を求めています

 

「技術やスキルはあったほうが良いけど、何よりも実際に会ったときに『この人は本当に作るのが好きなんだなぁ』と思えることが大事です。そういうのって雰囲気で何となく伝わるものなんですよね。」

新井田さんがそう話すと説得力があるのは、自身が仕事以外でもものづくりに夢中だからです。「半分仕事で、半分趣味かな」と笑って話すドラッグレース*がそのひとつ。

*ドラッグレース…アメリカ発祥で、直線コース上で停止状態から発進し、ゴールまでの時間を競うモータースポーツ。

 

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レーシングチームのチーフから譲り受けた、新井田さんの愛車

 

昔から車レースが好きで、友人が率いるドラッグレースのレーシングチームにメカニック(整備士)として長年参加している力の入れ様です。

「チームのメンバーにはいろいろな個性の人がいるけど、車レースが好きっていう部分が共通しているから団結できているんです。それに、『好き』って気持ちが何よりも強いパワーになることは、仕事でも同じですよね。」

 

好きなことがあるから、仕事もいきいきできる

 

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新井田鉄工所の事務所には、新井田さんの「好き」があちこちに散りばめられています

 

新井田さんのインスタグラムには、毎日楽しそうな写真や動画がUPされています。
車のこと、気晴らしに行く海辺のこと、MSNの新しい取り組みや、「Maker Faire TOKYO」に出展する作品のこと……

「ダラダラと面倒くさそうに働くよりも、楽しくスマートに仕事したほうがかっこいいじゃないですか。ドラッグレースやMSNでの活動も共通しているところがあってメンバーみんな『かっこいいもの好き』なんです。おじさんが集まって部品見ながら『かっこいい〜』ってばっかり言っています。若い子が何でも『かわいい』って言っちゃうのと変わらないですよね(笑)」

 

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しかし、どんなに夢中になれることがあっても、会社の経営について考えないわけには行かないのも事実。

「正直、『俺こんなことしてて良いのかな』って思う瞬間はあります。前に、仕事に支障を出さないためにレースに行くのやめようかを真剣に考えたこともありました。でも、好きでやっていることが仕事にも活きることってけっこうあるんですよ。だから好きなことは辞めないって、決めました。」

──趣味は仕事に、仕事は趣味に。

公私の垣根を越えて、ものづくり一色の人生を歩む新井田さん。

老舗のメーカーだけでなく、ハードウェアベンチャーの「こんなことできないかな?」といった相談もワクワクしながら一緒に考えてくれる頼もしい機械屋さんは、これからの未来を見据えて、他の誰よりも一番ものづくりを楽しんでいるように見えました。

 

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新井田鉄工所
住所:新潟県三条市新堀1052-1
電話番号:0256-45-3165
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