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2018.5.15 UP

アニメキャラクターがインフルエンサー。金物の街の億超え商品「アルティメットニッパー」の秘密 ゴッドハンド

発売以来、プラモデル愛好家たちの間で感動を呼んで来た高性能ニッパー*、その名も「アルティメットニッパー」を製造するゴッドハンド株式会社。

ゴッドハンドは、角田稔さんの父(現社長)が1964年に創業した株式会社ツノダの子会社として2010年に燕市でスタート。親会社の株式会社ツノダは、新潟県の燕三条で作業工具のペンチやニッパー、ケーブルカッターを主力商品として製造するメーカーです。

そんな新潟県のいちメーカーがいま、「プラモデル専用」というコアな市場で多くのファンを獲得しています。

その起爆剤となったのが、インフルエンサー、「ニパ子」の存在。

工場の技術力と、インフルエンサーを使ったPR戦略のふたつが噛み合ったからこそ確立できた、大ヒット商品アルティメットニッパーの舞台裏に迫ります。

*ニッパー…作業用工具の一種。主に、配線コードなどの切断に使用される。

 
 

もう他のニッパーは使えない。高価でも売れるその「究極さ」

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改良を重ねる前の、初代のアルティメットニッパー
「ゴッドハンドとは、職人の技術力を指しているものではありません。ウチの製品を使ったお客様が、『まるで神の手を持ったかのように』作業がはかどるものを作っていきたい。そんな想いでこの社名を考えました。」

こう話すのは、ゴッドハンドの創業者で代表取締役の角田稔さん。

社名に恥じることなく、驚異的な使用感がモデラー*たちの間で反響を呼び、プラモデル専用ニッパーとしての地位を確立しているのが、「アルティメットニッパー」です。

*モデラー…プラモデルづくりを趣味や仕事としている人たちのこと。

 

楽天市場のオンライン販売で1か月に約3000本も売れた実績を持つほどの大人気商品で、従業員数11名と小規模ながらも、年商億超えの売上を出すゴッドハンド社の主力商品です。

そして、この売上に大きく貢献しているのが、アルティメットニッパーのPRのために誕生した、「ニパ子」の存在です。

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商品化もされているニパ子のフィギュア
社内広報担当の高橋大介さんが最初に考案したニパ子は、ファンが増えたことをきっかけに『ケロロ軍曹』のアニメーターとしても有名な小池智史氏がリデザイン。

人気フィギュアシリーズ「ねんどろいど」での商品化ほか、WEB漫画サイト『MAGCOMI』にて「究極!ニパ子ちゃん」を連載するなど、キャラクターとしての人気も絶大です。

ニパ子の公式Twitterのフォロワー数はなんと3万人超えていて、この影響力により工場はネット販売サイトに広告費をかけるだけでは獲得できなかった、新たなマーケットを開拓することにも成功しました。

角田社長が築いた、ゴッドハンドとアルティメットニッパーの技術基盤。
高橋さんが生み出した、ニパ子によるインフルエンサー的な販売効果。

ひとつずつ紐解いていくために、まずアルティメットニッパーの誕生秘話から伺いました。

 
 

「俺しかいなかったんです。」二代目として挑んだ新会社の設立

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ゴッドハンド代表取締役の角田稔さん
ゴッドハンド設立当初の目的は、ネットショップで親会社のツノダ製品をはじめとした工具を販売することでした。

「結婚を機にツノダに入社して専務になったのですが、当時は販売経路が問屋しかない状態でした。ツノダの役員会議で、自分たちで売る方法として販売専門の子会社を作ろうかと話し合っていたときに、父がおもむろに『お前、どうするんだ』と。小さい頃から跡継ぎとして育てられていた身としては、『俺がそこの社長をやるよ』と答えるしかない状況でした。」

そんな背景で2010年に走り出したゴッドハンド。
会社とはいえ、中で働くのは角田さんと、手が足りない時に助けてくれる奥さんのたった2人だけ。

「店舗を持つリスクや営業の手間を考えると、ネット販売がベストだという考えは始めからありました。楽天市場にショップを構えて運営していたのですが、ネット販売だけでは全く会社が成り立たなかったんです。それでも、自社でオリジナル商品を作れば、在庫管理のリスクを抑えられるかなと。まずは試しに、ツノダで欠陥品としてはじかれたニッパーを改良してみることからはじまりました。」

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ツノダは、創業当時からニッパーを始めとした作業工具を製造してきました
しかし、家業に戻るまではセールスマンとして働いていた角田さんには、職人としての経験もほとんどありません。そこで、同じ敷地内にある親会社のツノダに属する職人さんの姿を見ながら、独学でニッパーの「刃付け」*と呼ばれる作業を身につけていきます。

*刃付け…ニッパーの命である刃の部分を作る工程

 

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ツノダの本社工場。この中にゴッドハンドもあります
刃付けに丁寧に時間をかければ、ニッパーの切れ味がよくなるのは当然のことでした。
しかし、作業時間に対しての利益を考慮すると、量産の場合は時間をかけずに良い物を作ることが重要視されます。

「親会社のツノダでは、『高くて良い物を作れるのは当たり前。安くて良い物をいかに効率的に生産するか』と考えるのが正義でした。それでも、経営すら厳しかった当時のゴッドハンドでは、それを無視してでも新しい製品を作って、消費者の反応を確かめる必要があったんです。」

ひとまず10個だけ、「究極のニッパー」を作ってみよう。

そう考えた角田さんは、工場の人たちが帰った後、たったひとつのニッパーの刃を深夜2時までひたすら削り続けました。

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「どうせなら、まだ世にないもの、みんなが認めてくれるものを作りたいと思ったんです。それで、10本だけ作ってみると結構反響がありました。商品が完成する前に、ネットショップ上で『これまでにないようなニッパーを数量限定で販売します』と、いかにも怪しい販売予告のページを作ったのですが(笑)何件か購入の予約をもらったんですよ。」

これが、アルティメットニッパーの誕生につながります。

しかし、なぜプラモデル専用のニッパーなんて、コアな製品を作った理由は何だったのでしょう?

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「ツノダの製品を改良して、一般の人々が『この切れ味すごいな!』と思ってもらえるものって、なんだろうと考えたんです。日常的みなさんが切る堅いものって、爪とプラスチックかなと。ウチには爪切りの製品もあるのですが、切れ味にはこだわっていましたし。」

そんな切れ味の、使うだけで自分が「ゴッドハンド」になれる道具とは一体…?

実際にアルティメットニッパーを使わせてもらうと、その意味がよく分かります。

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プラスチックのパーツをニッパーで切り離す際に、「パチン」という音と一緒に手に伝わる軽い反動。プラモデルを作った経験がある方ならイメージできるのではないでしょうか?

驚いたことに、この感触がアルティメットニッパーの場合はほとんどないのです。
まるで柔らかいものを切っているかのようななめらかな感触と、手への反動をまるで感じない切れ味。

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左は普通のニッパー、右はアルティメットニッパーで、一目瞭然の差
さらに、切断面の美しさにも驚かされます。
普通なら凹凸の気になる切断面も、こんなにまっすぐに切ることができます。

販売店によって異なりますが、アルティメットニッパーの定価は5,000円前後。
高くても2,000円代といったニッパーの相場からすると高額ですが、モデラーの中には「これを使ったらもう他には戻れない」と言う人も少なくありません。

角田さんが試行錯誤の末に身に生み出した刃付けのノウハウは、機械の前に立つときのフォームや、研磨の角度まで細かく工場内で体系化されています。これにより、覚えれば誰でも究極の刃付けができるようになる教育の体制が整えているのです。

現在は刃付けの工程のみに特化した職人集団が所属する「極(きわみ)株式会社」を設立し、ゴッドハンド製品の質を担保しています。

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極(きわみ)では、20代の若い職人さんを積極的に育成しています
こうして一定のファンを獲得したアルティメットニッパーですが、そもそも「モデラー」という分母の少ないターゲットに向けた商品。発売当初の売上は、その後、徐々に伸び悩むようになっていきました。

そんな状況を打破するために、ゴッドハンドではネットショップのページ管理やPRの専門スタッフを募集します。

そこでメンバーに加わったのが、ニパ子の生みの親である高橋大介さんでした。

 
 

ニパ子の誕生がもたらした相乗効果で、新たなファンを増やした秘訣

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ゴッドハンド広報担当の高橋大介さん
高橋さんがゴッドハンドに入社したのは2015年。
アルティメットニッパーが2013年に発売してから約2年の歳月が経っていました。

「入社して最初に任された仕事は、楽天市場のアルティメットニッパーのページを新しく作り直すことでした。アルティメットニッパーは、切れ味を良くするために繊細に作られているので、商品ページにとにかく注意書きが多かったんです。それでもユーザーにちゃんと読んでもらい、購入につなげる方法はないか考えた答えが、漫画でした。」

しかし、漫画制作を外注するとなると、30万以上もの予算が必要になってしまいます。
仕方なく自分でなんとかしようと、高橋さんは漫画作成ソフトを使ってみることに。

「そのとき丁度、キャラ作成用に新しくツインテールのパーツが追加されていたんです。『お、これなんかニッパーっぽいな』なんて思いながら実は5分くらいで出来上がったのが、初代のニパ子なんです。ちなみにセーラー服姿なのは、そのソフトで服装がこれしか選べなかったからです(笑)」

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「当時、社長が夜遅くまでニッパーの改良のために会社に残っていた隣で、僕もニパ子を作ったりして遊んでいました(笑)」

ニパ子の誕生の裏には、しっかりと練られたPR戦略がありました。

楽天市場のユーザーには、漫画やアニメが好きな人が比較的多いこと。当時はゲームなどの影響で「擬人化」が注目されていたこと。SNSはTwitterが主流だったこと。

このタイミングでとにかくネット上の話題になることが、アルティメットニッパーの知名度を上げるための切り札になると高橋さんは読んでいたのです。

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「今でも忘れないのですが、ニパ子を使った商品ページを金曜日の夜中にリリースして、翌日は休日を満喫していたんですよ。そしたら、友達から『すごいことになってるけど、ニパ子って何!?』と連絡が来て。理由も分からずTwitterで検索してみたら、ズラーッとニパ子に関する投稿が出てきたんです。」

高橋さんが事前に擬人化キャラクターやアニメと親和性が高そうなウェブメディアを中心に、ニパ子のプレスリリースを送っておいたところ、記事で紹介してもらうことができたのです。

これには高橋さん自身もびっくり。
さらに、インターネットの拡散パワーはミラクルを引き起こします。

「ニパ子のことがネットで話題になったことで、モデラー界の著名人の方々が『実は前からアルティメットニッパー使ってたけど、これ本当にいいよ!』とTwitterで名乗り出てくださったんです。おかげで一般のユーザーさんにも『あの人が勧めるなら』と興味を持っていただくきっかけになりました。」

その情報が瞬く間にTwitterでシェアされ、高橋さんが作った楽天市場の商品紹介ページには、リリース後すぐにアクセスが集中しました。

その結果、それまで1日に1本売れるくらいのペースだったアルティメットニッパーが、1時間もせずにまたたく間に100本以上売れ、最終的には1日に3000本分もの売上を叩き出したのです。

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「改めて考えると、すべてのタイミングが良かったんだと思います。」
と高橋さん。

プロのモデラーたちに愛用されるくらいの質と知名度が基盤にあったことと、ニパ子の誕生が掛け合わされたからこそ、アルティメットニッパーの認知度向上につながったことは言うまでもありません。

これを機に、ニパ子専用のTwitterアカウントの運用も始めた高橋さんは、広告費をかけずに、ユーザーと直接コミュニケーションを取れる関係性を築いていきます。

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「最初はずーっとTwitterを見ている状態で、社長に『仕事しろ』って言われたりしていました。Twitterも仕事なんですけど…(笑)とにかく、『アルティメットニッパー』や『ニパ子』で検索して、Twitter上で話題になっていたら、公式のニパ子アカウントで会話に加わるみたいな感じで。誰でも、公式アカウントからの反応がもらえるとうれしいですよね。そうやって、地道にコミュニケーションを取りながらフォロワー数を増やしていったんです。」

ユーザーとの関係性が出来上がってくると、Twitter上で商品開発の話も進むようになりました。例えば、ゴッドハンドの人気商品のひとつに、「刃のないニッパー」があります。

これは、元々はエイプリルフールにニパ子アカウントで「刃のないニッパー作ろうかな」とTwitterに投稿したところ、複数人のフォロワーから「それ、ピンセットの強化版みたいに使えるので需要ありますよ」と返事が来たことが発端でした。

ニパ子の試作中には興味を示さなかった角田社長も、ユーザーの生の声を商品開発に取り入れられるようになったことをチャンスと捉えました。

「欲しい人が10人集まったら商品化します!みたいに、実験的に新商品を作れるようになりました。なんか変なことやってる工具のメーカーがあるぞ、みたいに思ってもらえるのが自分たちにとっても好都合で、ベンチャー企業みたいな雰囲気でものづくりを楽しめるようになったんです。」

 
 

ニパ子と一緒に、アルティメットニッパーが生まれる工場に潜入!

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ではここで、アルティメットニッパーが出来上がっていく様子をニパ子と一緒に少し覗いていきましょう!

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ここは、ゴッドハンドと同じ敷地内にあるニッパーの刃付け専門の子会社、極(きわみ)のスペースです。
ゴッドハンドの子会社として独立させることで、余計な業務を負担させずに、刃付けのみに特化した職人の育成を目指しています。

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長期雇用の中で、一流の技術を身に着けてもらうことを目的としているため、職人さんは20〜30代の若い方がほとんど。

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角田さん自身も、刃付けの作業を担当しています。若手の職人を育てつつも、常に会社としての技術をアップデートする姿勢です。

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こんな風に光にかざし、刃先に歪みやズレがないか、きちんと削れているかを一つひとつ目視で確認。

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工場内には、箱に並べられた製造途中のニッパーがあちこちに置いてありました。
一般人の目では「これで完成でもいいのでは?」と思ってしまう状態でも、ゴッドハンド製品ではまだまだ未完成です。

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挟んだときに刃がぴったりと合うよう、ハンマーで軽く叩いて噛み合わせを微調整していきます。

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刃の表面もていねいに研磨していきます。

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アルティメットニッパーのトレードマークである、青いグリップをつけたら、もうすぐ完成!こうやって並んでいると、たしかにツインテールがグリップにそっくりです。

アルティメットニッパーの製造には、ほとんどの工程に人の手が加わっています。
一般的なニッパーと工程数自体は同じでも、ひとつの製品が出来上がるまでにかかるのは約10倍。それほど、刃付けの工程にかなり時間をかけている証拠です。

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安定してきたからこそ、新しいことに挑戦できる環境の再構築を

「やる気がある職人を、どんどん評価できる雇用形態や環境を整えていきたい。」

そう話す角田さんは、極(きわみ)とゴッドハンドの会社としての成長についても常に考えています。

「一人前になった職人にはどんどん独立してもらい、それぞれが工房の社長になって弟子を持つ『極(きわみ)ホールディングス』みたいなカタチも夢があっていいなと思います。人も会社も、成長しなくなったら終わり、これが僕の哲学です。」

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「今のウチは、良くも悪くも組織として安定してきています。アルティメットニッパーやニパ子が生まれたころのような『なんでも挑戦してみる環境』を、ひとつの部署として作りたいんです。そのためには、ものづくりの技術から営業して売るところまで、社長の自分と同じように一気通貫して考えてくれる人材を育てることが必要です。極(きわみ)での若手育成には、そういった目的もあるんです。」

一方で、ニパ子とゴッドハンドがちょうどいい距離感を保っていくことは、広報である高橋さんに任されています。

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「せっかくなら、ものづくりのキャラといえばニパ子!と言ってもらえるまで持っていきたいです。でも、『いかに商売っ気を出さずに知ってもらえるか』というのも大切です。自分たちが楽しみながら確立させたニパ子だからこそ、ファンのみなさんにもキャラとして純粋に愛されてほしいです。」

ニパ子は、今やものづくり企業のPRという枠組を通り越して、アニメや漫画、フィギュアにまで登場するほどの人気キャラとなっています。ホビー関連のメーカーから、ニパ子を使ったグッズ制作の提案や依頼はあとを絶えません。

高橋さんも夢を語ります。

「とはいえ、あくまでものづくりの分野からニパ子を完全に離すのも違うと思います。いつか、燕三条でニパ子をイメージキャラクターにしたお祭りを開催し、地域に貢献したいと思っています。」

 
 

一方に頼らない最強の関係性。影響力だけの張りぼてではなく、中身も本物でありたい

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実は、ゴッドハンドのホームページには、ニパ子はほとんど登場しません。
また、他社から依頼があってニパ子のコラボグッズを作ることはあっても、ゴッドハンドの完全オリジナルでニパ子のグッズを作ることもありません。

──キャラクターの知名度のお陰でモノが売れたとしても、ものとしての質が良くなかったら意味がない。

こんな、角田社長と高橋さんの共通の意志の現れが、そうさせているとのこと。

お互いに、付かず離れずの関係性を維持しつつも、それぞれがより高みを目指していく関係のバランスの良さこそが、ゴッドハンドの何よりの強みなのかもしれません。

 

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ゴッドハンド株式会社
本社:新潟県燕市吉田下中野1535番地5
営業所:新潟県三条市塚野目2171
電話番号:0256-46-0673
FAX:0256-46-0672
MAIL:seizitsu@godhandtool.com
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