2018.10.14 UP

自社から競合他社へ仕事のラリー
ライバル同士が手を組む日本の研磨技術、磨き屋シンジケート

「シンジケート」という言葉をご存知だろうか。
世界大百科事典 第2版(平凡社)によると、「同一市場の諸企業が出資して共同販売会社を設立し、これが一元的に販売する組織をいう」とある。

燕を拠点に活動する「磨き屋シンジケート」は、国内の製造業の中でも成功事例として、全国的に知られている。

「磨き屋シンジケート」は、もともと新潟県の燕市にあった研磨の業界団体が母体となり、2003年に立ち上げられた。現在は30社ほどの研磨事業者が「磨き屋シンジケート」として発注を受け、幹事企業が発注内容に最も適した磨き屋を選ぶというシステム。

その技術とクオリティはもちろんのこと、ロット、コスト、納期など、発注元の幅広い要望に応えられるところが最大の強みである。

そもそも、なぜこのような組織が立ち上げられたのか。「磨き屋シンジケート」の発起人である、燕商工会議所の高野雅哉さんにお話を伺った。

 
 

競合と手を組むこと。燕全体で取り組む労働対策。

「研磨業界では、30年くらい前から後継者問題があり、そこへ追い討ちをかけるようにバブルが崩壊し、地場産業が低迷しました。

とは言え、燕の技術力の高さと評判は変わりません。不況下でも、人手不足で残業を強いられながら、大量発注を受ける会社はもちろんありました。

その一方で、後継者育成にいくら力を注いでも、仕事がほとんどない工場もちらほら。同じ地域と業種にも関わらず、仕事の取りこぼしと過剰労働という、相反する問題が発生していたんです。

そこで、仕事を集約し、燕全体での仕事の配分を調整することが議題に挙がりました。当初は、共同の工場を建設するというプランなど、様々なアイデアが出ましたが、最終的にインターネットでの共同受注、という当時としては革新的な意見が採用されることになりました。提案したご本人は、パソコンにほとんど触ったことがないにも関わらずでしたが(笑)」

 

燕商工会議所の高野さん(写真右)
そのころの燕では、地場の主力商材である金属製のカトラリーや鍋などの製造の仕事が少なくなっており、地域外からの仕事を新たに得る必要があった。

「家族でやっているような零細企業が多く、大企業からの発注があったとしても、数が多すぎて仕事が受けられない。そういった問題を解決する糸口として、共同受注していくアイデアが実現に向けて動き出しました。そこで、まず共同受注をとるための勉強会を実施しました。」

 

会を通して挙げられた問題は、「生産管理・品質管理」「販路開拓」「資金の回収」「受注者をどのように決めるか」の4つ。

それぞれの問題に対して分科会をチームに分け、1年間、隔週ですり合わせの作業を行なった。その成果が、あらゆる課題に対する対応を文書化した「共同受注マニュアル」につまっている。

現在30社ほどが所属している「磨き屋シンジケート」だが、ひと言で「研磨」と言っても、それぞれの研磨事業者の得意分野は異なる。今回は、加盟企業のうち、今井技巧と小林研業の2社に話を伺うことができた。どのような仕事をしているのか、その驚きの技術力を実際に見ていくことにしよう。

 
 

磨き上げるのは、髪の毛の細さのさらに10万分の1の世界。今井技巧の技術力

今井技巧は、大正15(1926)年に金型の手彫り加工の事業者として創業。3代目の今井道雄さんが、当時好調だったものの、手彫り加工業の先行きを案じ、昭和60(1985)年に金型の鏡面仕上げ加工に業務移行した。現在は4代目の大輔さんが代表をつとめる。

 

話を聞かせてくれた三代目の今井道雄さん
今井技巧の最大の強みは、人の手による金型の磨きだ。磨き屋シンジケートの中でも、この技術を有するのは、今井技巧1社のみだという。

「磨き」というと、製品そのものを磨くように思われるが、今井技巧が磨くのは、製品の金型。しかも、顕微鏡を使って磨くほど微細で、高い精度が要求されるものがほとんどだ。磨くものの図面は、1ナノ(1ミリ=1000マイクロメートル、1マイクロメートル=1000ナノメートル)単位という、肉眼での世界とは全く切り離された、サブミクロンな世界での作業となる。

「金型磨き」同様、同社の技術を語る上で欠かせないのが、「鏡面仕上げ」と「レーザー溶接」だ。鏡面仕上げとは読んで字のごとく、金属を鏡のように光沢のある表面に仕上げること。今井技巧の手にかかれば、どんなに小さな型でも、そしてどんな形状の型でも、鏡のように仕上がる。

 

鏡面磨き。その名の通り金属が鏡の様になってしまう
なぜ、通常はあらゆる工程ごとに特化した分業制がとられるこの燕三条の地域において、磨きのプロである今井技巧がわざわざレーザー溶接までを行うのだろうか?

その理由は、金属の金型自体に入っている不純物にあった。磨いていくうちにその不純物が表面に出てきて、金型に「ピット」と呼ばれる穴があいてしまうことがある。
穴を埋めるためには肉盛溶接という、金属棒の先端を溶かしながら穴を埋める表面修復を行う必要があり、その上で磨きをかけ、平面に仕上げていくことになる。

金型は高価なものが多く、キズがついたからといって製品のつくり直しはできないため、そこでその場で修復作業が可能になる溶接も導入したのだそうだ。

三代目の今井道雄さんが、金型そのものを磨く理由と、そのメリットを教えてくれた。

「精度の高いものを大量に作るには、型がいるんです。その金型をきれいに磨くことで、製品自体が洗練された仕上がりになります。」

事実、大手ゲームメーカーのあるコントローラーの金型は、すべて今井技巧が担当した。

普通の工程では、樹脂を使って成形し、塗装したのちに研磨をして仕上げる。それと比べると、鏡面仕上げを施した金型で成形すると、それだけで美しい滑らかな仕上がりになる。

この様な作り方をすると、当然一つひとつに対して塗装と研磨の必要がなくなる。金型を磨くことで、従来の手順をもくつがえしてしまった。今井技巧のその技術力には舌を巻くばかりだ。

 

一般的に磨き屋に求められる精密さは、ミリメートル単位とされている。
一方、今井技巧が磨き上げるのは、更に極小な単位、ナノメートル単位のものだ。

ミクロの単位において、0.01mmと1mmの差に気づくのは、眼ではなく人の手。
視認することさえ難しい、超微細な凹凸は、唯一人間の触覚のみが感知することができる。

 

専用の工具を使い、超精密な研磨が行われる
見た目だけでは見分けがつかないほど、精巧さが売りの今井技巧の研磨加工は、技術力の高い磨き屋シンジケート内でも、みんなの駆け込み寺のような存在になっている。

「磨き屋シンジケートに入ってよかったことは、今までまったく縁のなかった人たちからの依頼があることと、かつて対応したことの無い、難しい案件を受けることで、自分たちの技術力の向上につながることです。また、受注数が多く、対応できないときはシンジゲート内の仲間に相談することも。もちろん相談だけではなく、その時々で困っていることやうまくいったことなども情報交換がしやすくなり、勉強になることも多いです。」

時折、今井さんは職人さんと冗談を交わして私たちを笑わせながら、超ミクロの研磨の世界を案内をしてくれた。

 
 

シリコンバレーが太鼓判を押す、日本が誇る金属研磨の技術 小林研業

次に訪れた小林研業はiPod裏面の鏡面磨きによって、その名を業界に轟かせた企業である。新潟県ののどかな田園風景の中に、純和風の民家の様な佇まいの工場が現れる。ここでは、大手メーカーの電子顕微鏡の心臓部となるパーツや自動車パーツ、医療部品など、様々なものを一つずつ職人たちが磨いている。

 

工場内では5人ほどの職人さんが磨きに精を出していた
先ほどの今井技巧は顕微鏡や拡大鏡を用いて手で金型を磨いていたが、この小林研業は、バフ(羽布)によって製品そのものの研磨を行う。バフとは布製またはその他の材料で造られた研磨輪のこと。研磨機にバフをセットして高速回転させ、そこに当てることで製品が磨かれていく。薄暗い工場内には研磨独特の機械音と、集塵機の音が鳴り響く。

 

若手の職人さんも小林研業の噂を聞きつけ、門戸を叩きに県外からもやってくる
小林研業は、昭和37(1962)年に創業。社長の小林一夫さん(以下、小林さん)は農家の家庭に生まれ、サラリーマンを経た後に起業。自らの腕一本で今の地位を築き上げた。平成19(2007)年には、小林研業の技術を視察に、第1次政権の安倍首相が工場視察に訪れた。

その際、首相からは「後継者は絶対に育ててください」と声をかけられた。
この一言がなければ今ごろは、磨き屋をやめて農業をやっていたと思う、と小林さんは話す。

そんな首相との約束を果たすべく、小林研業は若手の育成にも力を入れる。小林さんのところに在籍する若い職人たちは、技術面だけでなく経営の面でも、指導を受ける日々を過ごしている。その中には、早稲田大学を卒業して入社する方までいるという。

もう既に「小林研業の後継者になる」と手を上げている若者の存在も工場内にはあるそうだ。

 

さらに、小林さんの下には、国内のそうそうたる企業の担当者も技術指導を受けにやってくるのだという。「自分の技術が日本の産業のためになるのであれば」という思いで、技術指導や開発したバフをおしげもなく他社へと提供している。

本来、長年かかって培われた技術は、絶対に外に漏らしたくないものなのではないだろうか。
しかし小林さんは、「10個技術を教えたら、11個目の新しい技術をまたうちでつくればいい」と笑顔で語る。

「中国にはじまり、ベトナム、インド、ミャンマー、最後にアフリカと言われている中で、これからの日本のものづくりはアイデアが勝負になってきます。アイデアを形にして、付加価値の高いものを世に生み出していくことが日本のこれからのものづくりに求められているのです。私自身に関して言えば、会社の若手は順調に育っているので、彼らが働きやすい環境をつくってあげることが、これからの自分の使命だと思っています。」

小林さんの目は今でも現役そのもの。数々の他ではなし得なかった難解な研磨の加工依頼も、今井技巧と同じく自然とこの小林研業にも集まってくる。

小林さんはもともと、話すことが不得手ないわゆる職人気質だったと自ら話すが、今では学会で講演をするほどにもなり、独特の言い回しから飛び出す人生観や仕事のエピソードは、1分たりとも人を飽きさせない。そんな小林さんの技術は着実に世代の壁を越え、受け継がれようとしている。

 
 

この先も「困ったときの磨き屋シンジケート」であり続けるために

紹介した2社以外にも、シンジケートにはそれぞれ得意分野を持った研磨業者が集結している。燕商工会議所の高野さんは、これからの磨き屋シンジケートについて、次のように語ってくれた。

「今はそれぞれ仕事がとれるようになっているので、共同受注はほとんどしていません。仕事を集める、という当初の目的を達成できたので、人材の育成を次の目標に動いているところです。まさに今、厚生労働大臣認定の検定(国家資格)の立ち上げをしているところ。今までは、客観的な指標が無かったので、職人さんの腕の良さを評価できませんでしたが、今後は、検定が腕前の証明となりますので、職人一人ひとりの技量が明確になります。

 

また、磨きの世界を目指す若者たちが一堂に会して勉強する場が無かったことも検定を行う、もうひとつの理由です。国家資格であれば履歴書に書けるので、就職の際の助けにもなる。『燕市磨き屋一番館』という後継者育成施設があるのですが、そこの卒業試験の役割も果たす予定です。ゆくゆくは外国人向けにアレンジをして、受け入れを進めていきたいと考えています。検定員の育成も同時に進めていかなくてはなりませんので、やるべきことはたくさんあります。

今後、燕商工会議所では、働く人を増やすため、中途採用専門の求人サイトを作る予定です。サイトには作業現場の映像や職人のインタビュー動画を掲載して、作業現場の雰囲気や実際に働いている人の声が届けられればと思っています。製造業のイメージアップをして、若い人たちに働きたいと思ってもらえるような環境をつくっていきたいですね。

 

磨きの事業者に限った話ではないのですが、この地域には『Hidden Champion(世界をリードする中小企業であるにも関わらず、その存在が一般に知られていない企業のこと)』がとても多いです。どうしても日用品のような最終製品がクローズアップされるということと、発注元との契約があり何をやっているのか明かせないということがHidden Championが存在する主な理由です。コストを下げて大量に作るというのは、非常に難しいことですが、関係している事業者はこの地域にたくさんいます。そこを因数分解して伝えていかないと、本当の意味で産業の構造がわからないままになってしまうと思います。」

 

かつては同業であるが故、商売敵でもあった燕の磨きの職人たち。磨き屋シンジケートの立ち上げ以降は、それぞれがつながり、大きな仕事を受注すれば、業務を分け合い、分業する流れもできているのだと言う。いまや、県外からも新たなメンバーが加わり、更なる活性化をみせている。

「仕事に困って加入される事業者さんはほとんどありません。ビジネス目的の人もいずれ離れていきます。結果的に、加盟している事業者さんは、地域貢献やものづくりに携わる人の地位向上に重きを置いてくださっている方々ばかり。実際、磨き屋シンジケートへの依頼は、どれも決して楽で簡単ではありません。納品数が膨大だったり、技術的に難易度の高いものだったり、納期が短かったり……様々な意味で難しい仕事ばかりです。それでも、シンジケートであれば、どんな無理難題も見事に解決してくれると思って頂ける技術集団でありたい。実際、技術力の高い競合他社とこれほどしっかりスクラムを組んで、依頼主に誠実に応える集合体はそう多くありません。製造業に関わる一員としても、使い手に対しての責任を十二分に果たすチームとしても、これからさらに精進していくつもりです。」

日本の研磨技術を磨き屋シンジケートが、世界に向けて今よりさらに羽ばたいていくのも、もうそう遠くない未来のはずだ。

 
 

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磨き屋シンジケート

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