2018.12.14 UP

地元の誇りを胸に──
ストカの三代が新しいものづくりの視界を開く。

燕三条といえば日本を代表する「ものづくりのまち」。
この地で、世代や工場の垣根を越えたものづくりに取り組む、若い力で溢れる会社があります。

有限会社ストカ。プレス加工を主軸に金属加工を行うメーカー工場です。

工場では若手を積極的に採用し、信じて、任せる。
地域への誇りと、周りの工場への感謝の心を忘れず、横軸で広がっていく信頼関係。

ストカが今現在、あらゆる垣根を取っ払ったものづくりを行う背景には、燕三条という地域で繰り広げられた、ストカの三代に渡る歴史の流れがありました。

 
 

頑張れば必ず自分のためになる。平成生まれ、燕三条育ちの金属加工メーカー

有限会社ストカは前身である斎藤進工場から、その長男であり現社長の斎藤智幸さん(以下、智幸さん)が引き継ぐ形で設立されました。引き継ぐまでの間、智幸さんは同業で親戚が経営する金属加工のシマト工業で働いていました。

智幸さん「その時代は残業が当たり前、徹夜作業もしばしばでした。出荷の日程はずらせないので、どうにか間に合うよう必死に納品する日々を5年ほど続けるうちに、『頑張ればなんでもできるもんなんだ』と考えるようになり、それなら、自分がしたいことをしてみようと一念発起し、会社を興しました」

 

ストカでは二代目にあたる智幸さん
智幸さんが創業したのは、日本が最も好景気に湧いたバブル期の最中。「作れば売れる」といわれた黄金時代でもあり、商売を始めるにはもってこいのタイミングでしたが、工場の状況は芳しくなかったと言います。会社に人が全く定着せず、時には大量の仕事をパートも含めた5人で切り盛りすることも。

そうこうしている間にバブルは崩壊し、会社は新たな困難に直面します。

「かつては、量産の依頼もそこそこありました。けれど、バブルの崩壊やリーマンショックを受けて、そういった仕事はどんどん中国に流れていったんです。次第に小ロットの注文しか頂けなくなり、頭を悩ませました。どうすれば生き残れるか考えた末、会社の新たな付加価値としてプレスに加え、溶接加工を取り入れることにしました」

新たに溶接加工技術を導入することで、従来のプレス加工技術だけでは実現できなかった生産体制が取れるようになったのです。少量生産、短時間納期可能な生産方式への転換は、智幸さんにとっても、ストカにとっても、時代の荒波を乗り切るための大きな決断でした。

生産サイクルも安定した現在では、さらなる試みとして機械加工やレーザー加工も追加導入し、より仕事の幅が広がりました。

 
 

“made in 燕三条”ここにあり!人の繋がりが気づかせてくれた地場の可能性

ストカが今、取り組んでいるのは、自社オリジナル製品の開発です。旗振り役は智幸さんの長男、現在は会社の次長を務める次期、三代目の斎藤和也さん。一体どんな製品が生まれたのでしょうか。

和也さん「農機具をコンパクトにまとめられる、おしゃれで実用的な組み立て式のプロダクト『Farm Up』です。『この農機具を使うことで気分を上げ(=up)てほしい』という想いを込めて、尊敬する師匠である開発の鉄人に名付けてもらいました」

実際に『Farm Up』を見れば、従来の農機具のデザインとは明らかに一線を画していることがすぐにわかります。スタイリッシュな意匠のみならず、質実剛健なつくりのボックスは、物欲をくすぐります。中には、先端部と持ち手部分に分解された農具一式(スコップや鍬、レーキなど)が収納されており、用途に合わせた使い分けが可能です。種類が多く、持ち運びにかさばる農機具を手軽に携帯できるうえに、保管場所をとらないので、倉庫や納屋など大きな収納スペースが無い方でも無理なく使うことができます。

 

ひとつひとつの器具は、ワンタッチで結合して長さを変えることが可能

 

和也さんが自社製品を作るきっかけになったのは、母方の家業である果樹園の引き継ぎでした。

後継者探しが難航する中、白羽の矢がたったのが、お母様の嫁ぎ先である、斎藤一家です。父である智幸さんらとともに、果樹の手入れをするうちに作物を育てる楽しみをも見出した和也さん。

農業の魅力を伝えるためになにができるだろう、そう考えた和也さんは自分だけではなく、より多くの若者を魅了する、かっこいい農機具を作ることを思い立ちます。

和也さん「そうして生まれたのが『Farm Up』です。デザイン性が高く、斬新だけれども使いやすい、今までにない農機具になりました。まずはこの道具が欲しい、と思わせることが農業に触れる第一歩になればなによりで、いわゆる形から入る農業の提案です。」

『Farm Up』のもうひとつの魅力は、燕三条の技術の集大成ということ。
ストカ一社では、完結しないものづくりがしたかったと語る和也さんの言葉には、地場の技術への信頼と誇りが感じられます。

 

そもそも、燕三条の魅力に気づいたのは、燕三条青年会議所に入ってから。ちょうどそのころ、燕三条青年会議所は設立20周年の際「燕三条JC宣言*」を公表し、燕市と三条市の合併に向けて動き始めていました。そこで、燕三条はさまざまな連携を図ることができる無限の可能性を秘めた地域であると和也さんは再認識したそうです。

*燕三条JC宣言…「一般社団法人燕三条青年会議所は『県央中核市』誕生を目指し燕三条市実現に向けて運動する」2017年4月29日設立20周年に改定した。

 

和也さん「この地域は、それぞれの工場がもつ技術がすごいんです。その上、連携することでさらにお互いの技術を高めあいより良いものに昇華しています。『Farm Up』を作るまでは実感が薄かったのですが、仲間たちと一緒にものづくりをするうちに、自分ひとりではできないことがどんどん形になっていくのを目の当たりにしました。これこそが、燕三条という地場の総合力なのだと感嘆したんです」

 

ストカの工場内。所狭しと機械が並ぶ

 

もし一緒に仕事をしていて「これ以上はうちの工場ではできない」と突き返されても、「もう少しこうできませんか」とはっきり伝えれば応えてくれるのが、燕三条の職人たち。

小さなアイディアの種が、燕三条にある多くの技術や人の手をへて立派な完成品として世に出ていくことは少なくありません。

 
 

チームを引っ張るのではなく、一緒に作り上げていく横の関係性。「うちが作ったからすごい」じゃない

自社工場を動かしながらも、複数の工場とのやり取りは大変では?
そう尋ねると、笑顔を見せながら答えてくれました。

和也さん「もともと人と付き合うのが好きなので、大変さよりも、仕事を介して繋がれることや連携する喜びが上回ります。それに、だいぶ自由にやらせていただいていることもあって、面白くて仕方がないですよ」

 

人との出会いが面白いことを実現させる鍵になる。

実は『Farm Up』製作チームの大半は、和也さんが燕三条青年会議所で新たに出会った仲間。損得勘定を抜きにして、一生懸命、誰かのために動こうとする彼らの姿を見た時、このエネルギーを仕事に変換したらどうなるんだろう、と胸が高鳴ったそうです。

和也さん「話を持ちかけたのは自分ですが、チームリーダーとしてみんなを引っ張っている感覚はありません。常に、相手と寄り添い合う形で進めています。全員が対等な関係だからこそ、『うちが作ったからこの製品はすごい』という奢りは一切ありません。今回はストカからの商品開発の提案に協力してもらう形でしたが、もし、他社から同じような相談があれば、ストカも全力で手助けをするつもりです」

 
 

会社も自分も、この地域に育ててもらった。覚悟を引き継ぐ、次長から社長への恩返し

そんなストカの生産体制を支えているのは、言うまでもなく人です。ストカの職人の採用では、その道のベテラン、つまり熟練工をあえて採用しません。
そこには、若手の育成に対する社長の智幸さんなりの考え方がありました。

智幸さん「経験者を採用するのは手っ取り早いですが、多少時間がかかってでも若い人を育てた方がいい。私が考える人を育てることとは、一つひとつ責任をもって仕事を任せながら進めていくことなんです。この方針が受け入れられているのか、その従業員が新しく人を連れてくることもあり、ここ2~3年で社内に若者が増えました」

講習会に参加したり、クライアントのところへ行って教えてもらったりと、さまざまなやり方で勉強しました。とにかく最初はトライアンドエラー。とりあえずやってみて、課題がでたら、その都度考えます。

智幸さん「今は会社の経営も若者に一任しているんで」

ストカの工場で感じる、目に見えないパワーはこんなところから来ているのでしょう。

 

和也さんと智幸さん。二人の持つ存在感は若手職人を背中で引っ張る。
若者に任せる、という社長からのバトンを受けとった和也さん。いま、ストカには彼を中心にした新しい風が吹き始めています。

それでも、工場はここからが本当の正念場。
父親でもある智幸さんは、工場のこれからのことを冷静に分析します。

智幸さん「いずれ自社製品をブランド化して売るようになれば、既存顧客の仕事(請請負仕事)と、自社製品の製造が工場内でバッティングする事が懸念されます。そうならないために、どのような生産ラインを整備していくかを考えなくてはいけません」

 

守りに入らないこと。何事にも挑戦すること。

自分が立ち上げた会社だからこそ、終えるならば自分の代で。そんな必死な想いと根性で、智幸さんはこれまでも乗り切ってきたのだと語ります。

智幸さん「実は、始めは自分の代で会社を畳んでもいいと思っていたんです。親に借金して始めた会社だったので、借金を自分の代でなくすことを目標に自分自身を鼓舞して今までやってきたので」

笑いながらそう話す智幸さんは、どこか、時代の荒波を生き抜いてきた男の貫禄を感じます。

 

会社への並々ならぬ想い入れが言葉の端々から感じられる一方、次長である和也さんのやり方には智幸さんはあまり口出しをしません。それはきっと、自分同様、経営者としての覚悟を持って会社と向き合う、息子の気持ちを尊重しているからなのかもしれません。

智幸さん「我が子同然に大切な会社を、今でこそ任せられるようになりましたが、入社当時の和也は本当にだめだったんですよ(笑)」

和也さん「高校は一応出ましたが、それから進学はしていませんし、世間に迷惑をかけるようなこともたくさんしてきました(笑)。けれど、燕三条青年会議所や会社では、そんなだめな自分に向き合ってくれる先輩や仲間たちに出会うことができました」

“恩を売るな、与え続けろ”

自分の行動に対して、見返りを求めてはいけないと教えてくれたのも、青年会議所で出会った兄貴分でした。それまではお金を稼ぐことが仕事の目的だった和也さん。真摯に自分と向き合ってくれる人たちとの出会いが、和也さんを変えました。

和也さん「周りに頼れる仲間がいるから、ストカも、自分自身も成長していける。どの会社も一人の力で大きくなった会社などありません。特に製造業は、ものを作る技術、売る技術、多くの人の手を借りて成り立っています。そのことを忘れずに社員には仕事をして欲しいんです。どれだけクライアントの仕事を自分事として寄り添えるか、人のために仕事をできるのか、そう考えるのが我々の責務だと思います」

恩を売らず、愚直にやっていく。誰かが喜ぶ顔を見るために。二代目の智幸さんの想いを背負い、一緒に働く全ての人への感謝を忘れずに、ストカの新しい文化を作っていく。これが三代目、和也さんのスタイルです。

 
 

自分の力を信じて這い上がって欲しい。従業員が独立することを厭わない、ストカの展望

 

 

「石を投げれば社長に当たる」と比喩されるほど、燕三条の地域には多くの工場があります。最盛期であれば、大手から独立し、自分で会社を興しどんどん規模を拡大できましたが、今では廃業や後継者問題に悩まされる工場も増えています。

和也さん「廃業の増加や後継者不足は、地域全体が抱える重要課題です。廃業の理由と後継者不足がイコールなのだとしたら、ストカはその問題を一気に解決する手助けが出来るかもしれません。いま考えている計画は、ふたつ。若者の人材育成と、廃業しそうな会社を買い取り、経営していくことです」

ストカの採用基準は、社長としての潜在能力を持った人材。イエスマンではなく、上長に意思を持って意見を伝えられる存在こそが求める理想像です。ものづくりの技術を柔軟に発展させてほしいという想いから、時には、全くの初心者がいきなり専門性の高い担当を任されることもあります。レーザー加工を担当している宗村さんもその一人。

宗村さん「26歳でストカに入社し、今は2~3か月くらい経ちました。前職は製造ではなく営業職です。一から図面を書いてクライアントへ出す仕事でしたが、自分で設計したものがどう作られているのか見える現場への関心が高まりつつあった時に、ストカに声をかけていただきました」

和也さん「新しく導入した技術は、会社にとっても重要なポジションです。にも関わらず、未経験の新人にやってもらったのは、真っ白な状態で独自のやり方を模索してほしかったからです。必要なのは、いままでの常識ではありません」

 

そしてもうひとつの計画、廃業寸前の会社を買い取ること。

買い取った会社は、ストカから独立する社員の新しい拠点にする想定です。宗村さんのような優秀な若手社員が社内に留まることなく、彼らなりのやり方が模索できる場所を提供し、ものづくりの世界でさらなる高みを目指す後押しができればと考えているのです。

和也さん「私にはカリスマ性や学歴、秀でた技術力はありませんでしたが、今こうしてブランドを立ち上げるまでに至りました。ストカに入社する前は、土木業やサービス業など様々な仕事を転々としていた風来坊だったにも関わらずです…(笑)。自分にできたならば同世代の若い社員にもきっと同じことができる。あとは、やるかどうか、それ次第です」

自分次第で道は切り拓ける。技術を磨き、新たな世界に飛びこむ覚悟があれば、経営者への道もそう遠くありません。

 
 

ストカの次世代へと受け継がれる意志と、燕三条の横の生産協力体制。

 

 

役職に関わらず、社員が上下関係に縛られていないこと。
同業他社との垣根を越えた横の絆。

師弟関係がある職人の世界であれば、段階を踏んで技術を習得するのが一般的かもしれませんが、ストカでは力量や入社年数に関係なく、どんどん新しい技術に触れることができます。このフラットさは、『Farm Up』制作チーム同様、ストカと協業他社との関係性にもいえることです。縦割りではなく、横割りの関係で、工場それぞれがお互いを尊重し合えるからこそ、地場の良さが生かされ、地に足のついたものづくりが実現できるのでしょう。

和也さん「今の自分があるのは燕三条という地域と、周りの方々のおかげです。それに、社長には、絶対に恩返しをしたいと思っています」

有限会社ストカは創業者である斎藤進さんとそれを引き継いだ現社長である智幸さん、そして次長の和也さんそれぞれの名前の頭文字をとって「ストカ」と名付けられました。

創業者から、智幸さん、和也さんへと信念が着実に受け継がれ、ストカは燕三条の革命児として、時代を更新していくことでしょう。

 
 

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有限会社ストカ

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