2018.1.13 UP

希少技術のチタン加工で生まれるアクセサリー。直販の力を信じた小ロットで多品種のものづくりの道

あらゆる金属加工の集積地でもある新潟県・燕三条の土地に、特殊なある金属に情熱を注ぐ企業の姿があった。

加工が極めて難しいとされるチタンを鋳造し、さらにそれを美しく磨き上げることでアクセサリーの製造/販売を行うレジエ株式会社(以下、レジエ)だ。

代表取締役を務める浅野良二郎さん(以下、浅野さん)は、いわゆる“高給取り”のサラリーマンを辞めて、製造業の道へ。それも、当時はまったくの未知の金属「チタン」を扱うメーカーを生み出した。

化学の授業でしか耳にしないチタンという名の金属。一般的に、加工は難しく、それを磨き上げることは極めて珍しい。それゆえに商品としての流通量は少ない。そんな金属のチタンを小さなアクセサリーへと昇華し、販売まで落とし込むためには、代表浅野さんの知られざる苦労や強い意思が隠されている。

異業種への転向、独立、チタンでのアクセサリー作り。
これまでに経験した苦労は数知れないはず。

いったいなぜ、未知の金属チタンを用いたアクセサリー作りへと踏み切ったのだろうか。

 
 

高給取りサラリーマンが、金属業に携わるようになるまで

もともとは、ステンレスの加工業に携わっていたという浅野さん。「もう20年も前のことだからね」と、懐かしむような表情で、これまでの歴史を振り返る。

 

浅野良二郎さん。一代でこのレジエを作り上げた。
「昔、私の父は鉄の鋳物(いもの)を生業としていたんです。そんな父から『これからは錆びない鋳物をやりなさい』と言われたことが、錆びない金属=ステンレスに関心を持ったきっかけでした」

時代の変遷のなかでは、金属業にもやはり流行り廃りがあるという。浅野さんがステンレスに関わることになったのは、金属加工業全体が、古くからのスタイルを見直すタイミングを迎えていたときだった。

そうしてステンレスの加工業者に入社することになった浅野さん。いわゆるサラリーマンとしてごくごく普通の生活を送っていた。
歳を重ねるにつれて、役職は付くし、給料は上がる。

順風満帆、高給取りサラリーマンにはなったものの、浅野さんのなかに芽生えたのは「このままでいいのか?」という疑問だった。

「専務、常務のように、役職が付けばその分給料は上がります。けれど、役職が付いても、退職してしまえばその役職はなんの意味も持たなくなる。サラリーマンには、そのあとに残るものがなにも無いように感じてしまったんですよね」

 

 

会社内でキャリアのある立場になるにつれ、浅野さんのそんな想いは強くなっていった。

このままサラリーマンでいたら自分には何も残らない。それなら、大きな事業でなくてもいいから、人が出来ないことで、何か残るものをやりたい。

そう考えて会社をすっぱりと辞め、独立を決意したのは50歳を過ぎたときだった。

 
 

走り出す時が一番の負荷。溶解炉を製造し、チタンの加工をゼロからはじめた

今となっては、加工が困難で希少なチタンアクセサリーを製作するレジエだが、実は最初から「チタン」と決めて走り始めたわけではなかった。

「最初のうちは、何を強みとして事業を行うか迷っていました。そこで、日本各地に足を運び、さまざまな加工業を見て回ったんです。そんななかで、種子島宇宙センターを訪れたときに見つけたのが“チタン”でした」

「これからチタンはきっと注目されるに違いない」そう感じ、チタンで事業を興そうと考えた浅野さん。

 

チタンのゴルフクラブは一般的にも流通している
「この分野で起業に失敗した人が多いのも事実でしたが、メガネやゴルフクラブの小さなパーツの下請け仕事をもらえるのではと考えました。そこで、メガネパーツの生産が盛んな福井県鯖江(さばえ)市に足を運び、情報収集と、チタンの加工技術を学ぼうとしました」

学びがあると思って足を運んだ鯖江市。しかし、当時の鯖江市は地域の産業をオールチタン化するために、企業や市が一体となってチタン産業の活性化に取り組んでいた。新潟からやってきた浅野さんが、技術を教えてもらえるような余地はなかった。

それでも本格的にチタンの道へ───。仕事をなんとか受注する体制を作り、事業を進める方向に舵を切った浅野さん。まずはチタンを加工するための溶解炉を作る必要があった。

チタンの融点は鉄よりも高く、1600℃〜1700℃。さらに空気に触れると激しく酸化する性質があるため、真空状態での溶解が必要だった。

「大阪では上場企業が歯科用チタン溶解炉を持っていたけれど、もうやめるという話がありました。チタンは当時それほど事業化が難しい金属でした。当然、私も設備はゼロからでしたので、うちで使用する溶解炉は知り合いだった技術者にお金を先に渡し、なんとか強引に口説き落として作ってもらうことになったんです」

こうして三条に世界で最小のチタンの溶解炉が生まれた。

 

当時のレジエのメディア掲載資料。
そもそも、ステンレスとチタンとは金属というくくりでは同じ。チタンの加工には、浅野さんが会社員時代に学んだステンレスの技術を生かせる部分もあったのではないだろうか。

「それが、まったく活かせませんでした。金属が違えば、特性はまるで違うんです。だから、金属加工だからといっても活かせることはありません」

決して楽ではない道だとわかっていながらもチタンへと舵を切ることができた理由とはいったいなんだったのだろうか。浅野さんはこう語る。

 

「自分たちが生きる道はこれしかないと思ったんです。なにかを作り続けてさえいれば、きっといつか報われるときがくると、自信があったので」

浅野さんの表情から溢れる、自信。
その自信がどこからくるものなのかはわからない。しかし、当時の浅野さんには、自分たちとチタンが向き合う未来が鮮明に見えていたようだ。

なんとかチタンの知識を得ようと、時間ができるたびに三条市から鯖江市に足を運んでいた浅野さんは、徐々に地域の方々との信頼関係を育んでいった。そんなとき、チタンを使ったアクセサリー事業の話を耳にした。

それが、現在のレジエの事業へとつながる大きなきっかけとなった。

特殊金属、チタンの製造現場を覗いてみよう。

 
 

同じものは、二つとない。レジエが突出するチタンという金属の扱いと、そのやりがい

「当社の高い検査基準によって、半分以上が不良品になってしまいます。」

製作工程を見せてもらうために工房へと足を踏み入れてから、ほどなく聞いた言葉。一瞬、聞き間違いかと思うような、不良率の高さ。それほどこのチタンという金属は歩留まりが悪い。

 

まだ、金属としての歴史が短いため、そもそも加工や研磨のノウハウが蓄積されていないこと、そして金属の性質的にもデリケートであること。このふたつが、チタンを扱う上での難しさだと言える。

レジエの工房で一つの製品ができるまでは、大きく分けて8つの工程を経る。

 

ピンクのものがゴム型。手前の完成品と照らし合わせてみた。
原型をシリコンゴムで覆い、焼き固め、原型を取り出す「ゴム型作り」、ゴム型に溶けたワックス(ロウ)を流し込み、固まったら、ゴム型から取り出す「ワックス取り」、ワックスをツリー状にひとつずつ取り付ける「ツリー作成」、独自開発したスラリー(粘性の強い泥のような液体)に浸し、さらに耐火性のある砂を振りかけ、自然乾燥させるコーティング作業の「造形」、コーティングしたワックスツリー内のロウを溶かす「脱ロウ」、ワックスツリーを高温で焼き、水分を完全に取り除く「焼成」、チタンを溶かし、鋳型に流し、鋳込(いこ)む「鋳造」、出来上がったチタンの形状を整える「研磨」。

 

熱されて出てきたばかりのアクセサリー鋳型。ロストワックスと呼ばれる製造方法だ。
「チタンは融点が1,600℃と金属のなかでも高く、空気中の酸素とも結合しやすい特性を持っています。そのため、チタンを溶かす際の鋳造の工程はもっとも気をつかう作業です。チタンが溶ける瞬間を見極め、酸素と結合しないようにタイミングを合わせて溶解炉のなかを真空にするんです」

一瞬の気の緩みも許せない作業の一つがこのチタンの鋳造だ。

 

これが材料のチタン。これを溶解する。
金属のなかでもとくに繊細なチタン。工房での製品ができるまでの過程を追ってみると、その圧倒的な不良率の高さにも納得してしまう。小さなタイミングのズレ、ほんの少しのアラ、それらがすべて製品の“傷”となって返ってきてしまうのだ。

 

チタンを溶解したあと。
これほど神経を使う工程を経て生産されてきたアクセサリーだからこそ、レジエが生み出すアクセサリーに同じものは二つとないともいえる。一つひとつがオリジナルであり、繊細な工程をくぐり抜けてきたオンリーワンでもある。

そもそも、アクセサリーの素材として日本でよく使われる金属には、金・銀・プラチナなどがある。チタンはこれらの素材に比べると平成になっても未だ驚きと発見ばかりの金属なのだ。

「ものづくりの街として知られるここ(燕三条)ですら、チタン鋳造品を美しく研磨できる工場は、他には無いかもしれません。そのくらい、他の金属よりも扱う上での難しさがあるし、研磨の技術はレジエの特徴でもあります」

 

手作業で鋳型を破壊し、中からアクセサリーを取り出す。
まだまだ歴史の浅いチタン。

浅野さんが積み上げてきたステンレスの知識も活きなければ、アクセサリーに使用される他の金属の知識すらも何一つ活きない。

今レジエが持つ技術は、チタンという素材と丁寧に向き合い続けた人の想いの証でもあり、培ってきた経験の結晶でもある。

 

鋳型から出てきたチタンのアクセサリー。

 
 

最大限までビジネスモデルを効率化するために、レジエが生み出した生産方式

レジエのアクセサリーを中心としたものづくりには、“レジエ”らしくあるための「3つの心がけ」がある。

・OEMは行わないこと
・受注生産は受けないこと
・製品の質を怠らないこと

目先の売り上げを追いかけることなく、まずは足場を固めること。

レジエを成長させるために浅野さんがなによりも重視したことは、チタンのことを何一つ知らない人に対して、チタンの魅力を届けることだった。

 

「例えばですが、OEMを引き受けてしまうと、依頼先の方々の意向を反映しなければならず、自分たちの生産には集中できなくなってしまいます。受注生産も同じようなことが言えますね。とにかく、質を落とした製品は一つも出さない。だから、オリジナル製品の直販か、カタログやECサイトから選んで購入してもらうことを大切にしています」

製品の質は、ものづくりをする上でなによりも忘れてはならない。

そんな浅野さんの気概が今のレジエの事業体制にも現れている。

 

「これまで、ECサイトだけでなく物産展でも出品してお客様と直接顔を合わせる機会を設けてきました。そうすると、おもしろいことがわかるんです。僕たちが『これは売れないだろうな』と思うものが、意外にも人気だったり、反対に『これは売れるだろうな』と思っていたものが予想外に売れなかったり…」

「どれでもいい」ではなく「これがいい」。
消費者がそうして自ら選ぶモノには、愛着が湧くし、良さを誰よりも実感できるのだろう。

 
 

変わらないことは、直販の力を信じ続けること

今となっては、通販でアクセサリー販売も行うレジエ。しかし、浅野さんは「直販での売り上げを大切にしたい」と語る。

「チタンのアクセサリーって、パッと見ただけでは良さや凄さが伝わりにくいんです。見た目も触り心地も、特別というほどではありませんから。けれど、直販なら製品のポイントや、チタンの金属の特徴なんかを一つずつしっかりと伝えることができますよね」

 

レジエの次の時代を担う常務の良裕さん。
チタンのアクセサリーの魅力は、ECサイトやカタログからでは伝わりきらない。他の金属と比べた際の軽さや肌に優しい素材であることは、文字情報からでは決して伝わらない。

「言葉で伝えてこその、チタンの価値。だから、催事をはじめとしたダイレクトに販売できる場をなによりも大切にしています」

レジエで販売しているアクセサリーのデザインは、100種類を超える。そのすべてはこの場所で、ジュエリーデザイン経験者や芸術大の出身者などに依頼し、自社でデザインされている。

デザインも、生産も、販売もどれを取っても手間がかかる。それでも、大量生産に踏み切ったことも、品質を落としたことも今まで一度すらない。

だからこそ、レジエの製品には、丁寧な職人の技と気持ちが合わさったがゆえの希少価値があるのだ。

 

「レジエで作るチタンアクセサリーは、製品(デザイン)数が多岐に渡るものの、数を多く生産はできません。一つの製品を生み出すまでに時間がかかるから、価格もこれ以上落とすことができないんです。だからこそ、希少価値を知り、それでもなお『買いたい』と言ってくれる人を増やしたいんです。これまで20年間チタンと向かい合ってきてわかった価値を、もっと多くの人に知ってもらいたいと思っています」

もし、会社の売り上げを増やしたいと思うのであれば、大量生産に踏み切った方が良いかもしれない。もっと効率よく生産したいと思ったのなら、チタンではない金属に切り替えた方が良いかもしれない。

けれど、浅野さんはそのどちらにも踏み切らなかった。

「チタンの魅力を、丁寧に、じっくりと届けること」にこそ価値があると考えてのことだろう。

 
 

アクセサリーを通じて、日本中の人と繋がる

出来る限り、たくさん生産できたのなら。
売り上げは伸び、事業としては順調と言えるのかもしれない。

けれど、レジエの「ものづくり」の在り方はそれでいいのだろうか。
答えは“否”だ。

「これまで、僕らは直販のお客様を大切に、いつか還元できるようにと、販売を続けてきました。その例として、電話でお客様一人ひとりのお問い合わせにこたえてきました。アクセサリーの修理を必要としている方には、無料で修理することも。そうした地道なことをずっと続けていると、『電話の対応が良かったから』『無料で直してもらったから』とお礼の品やハガキを送ってくださる方もいます。これは、ダイレクトにお客様と接してきたからこそ生まれた関係性だと思うんです」

チタンアクセサリーの存在をたくさんの人に届ける方法なら、“ダイレクト”は正攻法ではないような気もする。これだけインターネットの力が莫大なのであれば、電波の力に頼りながら届けていくほうが事業拡大のスピード感は増すかもしれない。

 

でも、そこに「ものづくりの本当の価値」はきちんと反映されているのだろうか。チタンという類稀な金属の真価は伝わっているのか。

そう考えて下した結論が、原点でもある“ダイレクト販売”だったのだろう。

「まずは足場を固めることからだね」と柔らかな声で語る浅野さんの姿から、堅実さと確固たるものづくりの強さを感じた。

 
 

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