技術と若さで溢れるプレス屋でいたい。中間加工業としての未来を見据えた若き社長の経営観 澁木プレス
その裏には、実は驚くほど高度な技術がつまっています。
今回の舞台となる澁木プレスは、金属加工の街・燕三条でも「難しいプレスならあそこに」と信頼を寄せられるプレス屋です。
50年間プレス業に携わってきたこの工場を率いるのは、30代にして社長となった若き3代目、澁木昌平さんです。
工場では若手も多く働き、普段日の目を見ない中間加工の工場のイメージとは異なって感じます。新しい技術にチャレンジする姿勢や、若手を迎えて従業員を大事にする心。
背伸びせずに等身大でものづくりに向き合う若手社長の経営観にも注目しました。
澁木プレスのここがすごい!新旧の高度な技術が交錯する工場に潜入
自動車部品から食器などの日用品まで、私たちの生活を支えてくれる多くの製品にこのプレス加工が取り入れられています。
その中でも澁木プレスが得意としているひとつが「絞り加工」。
「絞り」とひとことで言われても、なかなかイメージしにくいですよね。
ここからは具体的に、澁木プレスの工場内に潜入してみましょう!
最新のものから、澁木さんが子どものころから使われている年季の入ったものまで、色々な特徴のマシンが揃います。
一枚の金属板をプレス機に設置し、強い力で金型を押し付けることで、おわん状の容器を成形するために利用される技術です。
しかしこの加工、簡単そうに見えて、実は機械を扱う職人による絶妙なさじ加減がものをいうのです。
スピードも仕上がりも、同じ機械を持つ同業者に持っていけば同じ物ができるとは限りません。
仮に精度の高い機械や良い金型(かながた)があっても、知見のある職人がいなければ、無用の長物となってしまいます。
そのことを誰よりも肌身で感じて理解しているからこそ、もともと技術力のある基盤を活かし、澁木さんは設備投資にも力を入れています。
澁木プレスの特筆すべき設備となっているのは、「300tサーボ油圧プレス」と「200tサーボプレス」の2台。この規模のプレス機を導入している会社は珍しく、澁木さんの「攻め」の姿勢の表れでもあります。
加工速度が一定である従来型のプレス機に対し、電子制御で段階ごとにプレスの速度を変えることができます。
これによって、より精密に、しかも少ない工数で絞り加工ができるので、コストの削減にもつながります。
そして、これらの最新機械と職人の技術を応用して行われているのが、他のプレス屋ではなかなかできない絞り加工技術のうちのひとつ、「バルジ成形」です。
これを右の筒の中に入れ、プレス機で圧力をかけることで中のゴムが潰されて変形し、結果的に左の筒のような、底がゆるやかに膨らんだ形状が生まれます。
バルジ成形を使った完成品としては、大手コーヒーメーカーのポットが世に出回っているそうです。
いくら技術力に定評のある澁木プレスでもこのバルジの加工にはかなり苦戦したといいます。
「完成品をつくるために、一体何個の失敗作を作ったか…。試作に使った材料費などを考えたら、まだ利益になってないかもしれないです(笑)」
半年ほどかかりやっと加工が形になる様なこともしばしば。たった一度の加工に成功するまでに、それほどまでに失敗を重ねているのです。
それでも、澁木さんが難しい加工に挑戦し、機械に投資する理由とは?
ここからは、若き社長の経営観を紐解いていきます。
金属加工で50年。生き残りをかけた半世紀の軌跡
当初は金属の研磨業をメインとしていましたが、2代目にあたる澁木さんのお父さんの代で、より需要のあったプレス加工一本に路線変更をしました。
3代目に生まれた澁木さんは、幼いころから自分が次の社長になることを決意していました。
「昔は工場と家が隣接していたので、学校から帰ると工場に遊びに行って、親父や職人さんたちが働く姿をよく見ていたんです。いつか自分もやってみたいなと思って、小学校1〜2年生の時の将来の夢はすでに、家業を継いで社長になることでした」
その想いは一度もブレることなく、工業系の高校から専門学校へと進み、地域の大手金属加工企業で5年間の下積みをしたのち、結婚を機に家業に戻ってきました。
ある程度の予想はしていたものの、プレス業界の現状は決して安泰なものではありませんでした。
他社に加工技術が盗まれないように、といった懸念もあり、それぞれがどんなものを作っているのかはあまり明るみになっていないといいます。
ところが澁木プレスには、同業者からこんな依頼が来ることが増えてきました。
「自分は会社をたたむから、代わりに仕事を受けてくれないか?」
どのプレス屋も悩んでいるのは、従業員の高齢化でした。
工場でのものづくりに関心を抱く若い世代は年々減るばかりで、澁木さんのように若い社長はもちろんいません。
「このあたりにプレス専門の会社は結構あるけど、どんどん減っていっていますね。この辺りのプレス屋に今いる職人さんの中には、70代以上の方も結構いるので、あと5年もすると業界的にもかなり減ってしまうと思います」と現状を憂います。
澁木さんが3代目として取り組んだのは、冒頭でご紹介した設備投資の他に、若手従業員の採用と育成でした。
ハローワークじゃ見つからない。従業員の若返りにかけた想い
確かに工場内では、数人の若い職人さんがプレス機の前で作業をしていました。
しかも、未経験でも積極的に採用しているとのこと。
従業員数が100名規模の企業ならまだしも、この規模で未経験の若手スタッフを雇うことは、なかなか難しいはず。
これは、ひとえに澁木さんの「若手を工場内に増やしたい」といった想いの現れでした。
自身が業界として若い世代だからこそ、一緒に歩んでくれる仲間選びにはこだわりがあるようです。
長年の付き合いから、澁木さんが信頼できると思った後輩に直接声をかけていくことで、信頼関係が基盤にある若手の採用が出来ているのです。
澁木さんが若手をスカウトするときの基準は、誠実さと一生懸命さ。
それさえあれば、未経験でも職人として成長する自由な場を与えるのが、若き澁木社長の育成スタイルです。
合言葉は、「失敗してもいいっけ、やってみて」。
どんなに未経験でも、できる作業はあります。
それらから少しずつ任せていき、あえて口を出さずに、その代わり失敗も咎めないのが、若手が実力を発揮する秘訣です。
「僕自信が、そうやってウチのベテラン職人さんたちに育ててもらったので。それに、最新機器の電子制御などは、高齢のベテラン職人よりも未経験の若手の方が抵抗なく対応できることもありますしね。若手の従業員が増えて、工場内にも活気が出てきました」
さまざまな年齢層や経験値を適材適所に活かして相乗効果を出していくのが、社長である澁木さんの役目。
どうしても、旧知の後輩である若手従業員は澁木さんに「これってどうやるんですか?」と尋ねがちですが、そんなときこそ「これはあの人に聞いてみて」と、ベテラン職人とコミュニケーションをとるきっかけを与えます。
技術を継承しながらも、若手を育成することで会社を伸ばしていく。
澁木さんがそういった考えに至ったきっかけには、とある出来事がありました。
「これ、普通じゃないの?」県外に出てみて知った燕三条の実力
澁木さんがそう話すのも無理はありません。
金属加工の企業が古くからこんなに多く根付いてきた地域は、日本全国を見てもこの燕三条エリアだけ。ここでは、地元では「当たり前」だと思われている、信じられないような高度な技術がたくさんあるのです。
――プレス屋がどんどん衰退していく中で、技術力をきちんと伸ばし、発信していくのが工場の生き残りの道なのではないか。
生まれ育った地を出てみて初めて、澁木さんはそう確信しました。
それからは、今まで無かったホームページを作り、県外にも積極的に自社の強みを伝えていく努力をしています。
そんな澁木さんの会社としての理想形は、一体どんなものなのでしょう?
根底にあるのは、幸せに働くため。その先に面白いことがあればいい
幸せのために、地に足を付けながらも挑戦しながらものづくりに励むことが、プレス屋として突き抜けるために澁木さんが出した答えでした。
まだまだ留まることのない、技術力への向上心。
澁木さんは、もっともっと新たな絞り加工に挑戦して、ゆくゆくは自社商品を作ることも夢見ているようです。
「周りには製造業に携わる同年代の仲間もいるので、協力してもっといいものを作っていきたいですね。結局はものづくりに携わる会社として、『これ、どうやったの?』と驚かれるようなことに、これからもプライドを持っていたいんです」
柔らかく微笑む澁木さんの瞳に、静かに燃えるクラフトマンシップがキラリと見えた瞬間でした。
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