2019.10.15 UP

「ものづくりのつなぎ役」は、人を巻き込んで誰にも負けないものづくりをする。一菱金属

国内の九割以上が中小企業とされているこの日本で、その品質の信頼は未だ世界でも厚い。とりわけ、この新潟県の燕三条は「歩けば社長にあたる」と言われるほど、小さな町工場が多い地域だ。

工場の規模が大きかろうが小さかろうが、ものづくりの現場では誠実に技術を磨き続ける職人の姿があって、彼らの手によって、つくりの良いものが世に送り出されている。

そんなひたむきに目の前の仕事と向き合う町工場や職人の姿に、心から感動を覚え、願う───。多くの人びとに、彼らの技術や想いがちゃんと届いてほしい。

今回私たちが出会った、決して大きくはない燕三条の工場、一菱金属株式会社(以下、一菱金属)。台所道具のブランド「conte」を生み出す工場だ。

 

 

 
 

美しさと凛々しさを併せ持つ台所用品のブランド「conte」

美しくて、すっと手に馴染む。彼らの生み出すものづくりを形容するならば、こう表現するのがぴったりだ。

「conte」として販売している製品は、大きくふたつ。ひとつめは、ボウル。
まかないシリーズと名付けられたシリーズ商品は、飲食店でスタッフが食べる賄い飯の「まかない」とボウルのフチの形状「巻かない」をかけて、名前が付いた。

 

 

「巻かない」フチは、いたってシンプルな構造。シンプルだけれど、バランス良く美しいフチをつくるための技術は、高度な繊細さを必要とする。台所ではボウルを重ねて使うことから、一つひとつの美しさのみならず、シリーズ全体での統一感も考え、細部までこだわりをもって仕上げられている。

 

 

台所で毎日使う道具だからこそ、突飛なデザインやこだわりすぎた個性はあまり必要ない。飽きのこないデザインは、ごく普通で、さりげなくて、それでいて美しいほうがいい。

 

@minokamo
まかないシリーズのボウルたちは、卵を半分に切断したようなシャープな半弧を描いている。縦長で、スペースを取らない。ものが散らかりがちな台所で場所を有効活用できる、ありがたい存在だ。スマートな形状美を追求する一方、使い勝手もしっかり計算されている。底面積は小さくとも、重心が低くしっかりとした安定感がある。レードルや泡立て器などのキッチンツールを置いても、傾くことはない。生活の中で、どのように使われるかがしっかり考えられている。

 

@minokamo
オイルポット「こします」は、揚げ物で残った油をストックするために利用するポット型の濾し器だ。日本人らしい、もったいない精神が反映された台所道具と言える。こちらも、かたちは至極シンプル。無骨ながらも質実剛健な様は台所に並べても美しい。

360度どの方向から傾けても、油を注ぐことができる。切れなかった油が側面をつたうこともない。使い手を選ばない、どんな人にもやさしいつくりだ。

革新的な、というには大げさだけれども、少しの工夫を商品に落とし込む、確かな技術力が見える。「conte」はそんな職人の手腕と、デザイナーとアドバイザーの発想力によって生まれた製品だ。

それでは、いったい「conte」のプロデューサーは、なにを思いこれらの製品を生み出したのだろうか。

 
 

「conte」のプロデューサー、そこそこ破天荒

「conte」は、新潟県燕市の金属加工メーカー、一菱金属で生まれた。生みの親は、専務取締役の江口広哲(えぐちひろあき)さん。お兄さんである正恒(まさつね)さんが代表取締役を務め、兄弟ふたりを中心に会社を経営している。

実直に数字を追いかける経営は兄の正恒さんが担当。お話を聴いた弟の広哲さんは、一菱金属のものづくりと、技術力を広めるために奔走している。

 

conteのプロデューサー、専務取締役の江口広哲さん
今でこそ兄弟二人三脚で会社を切り盛りしているが、幼い頃から実母が祖父母から継いだ事業を幼い頃から近くで見つめていたにも関わらず、家業を継ぎたいという気持ちはなかった。むしろ、広哲さんはその逆だった。

「親の仕事だからという理由で選択するのも違う気がして。だから家業を継ぎたいとは考えていませんでした。かといって志すものも特になかったので、違う経験の為に国内を出て、海外に逃亡していました(笑)」

海外を旅するうちに広哲さんが知ったのは、日本製品が海を越えた先々でも愛されていることだった。

 

代表の兄、江口正恒(まさつね)さん
「オーストラリアに10ヶ月ほど滞在していたのですが、向こうは炭鉱がすごく多くて。険しい山道を車で走り抜ける車を見ると、ほとんどがランクル(トヨタのランドクルーザー)だったんですよね。日本の製品が海外でも愛されていることをだんだんと誇りに思うようになりました」

次第に日本でものづくりに関わりたいと感じるようになった。実家に戻ることは、その気持ちを叶える最良の選択のように思えた。そうして、ものづくりの世界へ、戻ってくることになる。

「海外に行く前は、問屋さんやアクセサリー工場では型師として働いていたこともありましたからね。この街に生まれたからか、自然とものづくりに触れる人生ではあったように思います」

 

一菱金属が受賞した賞の数々
広哲さんは2002年に日本へ帰国。
すぐに、一菱金属に就職した。入社後に立ちはだかった壁といえば、意外にも技術面の問題ではなかった。なんでも自分で決めないといけない、意思決定の能力だったという。「それまで、僕の人生は人に決めてもらっていたようなもの。海外でもおすすめしてくれた場所に行く。気が付けば、行くと自分で決めているものの選択肢は与えてもらっていましたから。ところが、会社では、自分の意思と頭を使って、物事を考えて決めなければなりません。経営の方針については、今も戸惑うことばかりです」

 

自社ブランドのconte以外にも技術力を活かしたOEM生産も請け負う
たとえば、クオリティと価格のバランス。経営側として場数を踏むうちに、やっと納得のいく選択ができるようになった。

「僕は、製品づくりを行うときに、こだわりすぎないことを意識しています。アート作品であれば、どれだけ手間がかかっても自身の思い描くイメージに向けて、こだわり抜くべきだと考えます。ただ、製品となると、それだけではない。使い勝手に特に影響が出ない部分にこだわりすぎて価格が上がることは、買い手やその先の使い手が望むことではないと思うのです」

作り手のこだわりと、商品コストとのバランスを考えるのは、広哲さん自身も作家活動をした経験があるからだ。

 

 

「日本に戻ってきてからしばらく、会社で働くかたわら椅子張り職人と共にmongeというユニット名で活動していた時期がありました。アートでなにかおもしろいものがつくれたら、それはゆくゆく一菱金属の仕事量を増やせることにつながると考えていたんです」

金属加工の街として知られる燕三条には、あらゆる場所に工場が点在する。自分たちの存在を知ってもらうためには、なんらかのかたちでの「差別化」が必要だった。広哲さんが選んだのは、アートだった。

 

江口さんのアーティストとしての作品(積雪_1984)  @Osamu Nakamura

「作品としてのクオリティを上げる為にステンレス素材をメインに、展示される環境を意識した作品を目掛けました。現地でのアート制作もあり、例えば”大地の芸術祭・冬”には4期連続で参加させていただきましたが、そこでは豪雪地域ならではの作品(積雪_1984)もつくりました。
また、他の作家さんとの合作でのプロダクトも制作していました。」アーティストとして様々な挑戦をしたが、燕三条地域内での差別化という当初の目標は達成できなかった。そこで、広哲さんは方向をガラリと転換した。

今まではメーカーが裏側で支えてきたものづくりの体制から、一菱金属の名前を堂々と掲げて、外部デザイナーたちとチームを組んで、新たな製品開発に取り組むことにした。

そう。後に誕生する「conte」は、広哲さんのこれまでの作家活動があったからこその発想で生まれた製品だった。そしてその屋台骨を支える一菱金属。一度、工場の歴史を遡る。

 
 

磨きからはじまった、一菱金属の歴史

遡ること41年前。江口さん兄弟の祖父母によって、一菱金属は誕生した。創業当初は、洋食器の磨きからはじまり、じきにそれ以外の金属加工も手がけるようになる。

「創業したばかりのころは、社名が『磨き屋江口』でした。プレス機をいれて金属加工をはじめるタイミングで、今の社名に改め、飲食店の調理場で利用するステンレス製厨房器物の製造・販売を続けています」

 

一菱金属の油引き
昔から地元に根付く卸問屋との関係性もあり、新業態でもすんなりと軌道に乗った。当時生産していたメインは計量カップと油引き。すでに世の中には数多くの類似製品が出回っていたため工夫を凝らした。

「わずかな水量の変化にも対応できて、省スペースになるよう、計量カップの形状は従来よりもスリムなものにしました。3L、5Lなど大型のカップの場合は重量感があっても持ちやすいように、持ち手を金属板ではなく金属パイプに代えました」

言われて初めて気がつくような小さな変化も、厨房に毎日立つ料理人にとってはありがたい変化だったに違いない。そのほかにも、親子鍋や厨房用の伝票バサミなど、受託生産(OEM)で製造するものもある。

 

 

「金型をゼロからつくって、小さなロットでの生産に対応することも多かったです。計量カップの金型を活用して少しアレンジした保存容器のオーダーなんかをうけることもありました」

現在の一菱金属が主に行なっているのは、厨房用の製品と「conte」だ。自社ブランドを抱えることで、価格を自ら決めることができるので途中工程を一任する外注先にもしっかりとした工賃を支払うことで、跡継ぎ問題も含めた製造業の環境改善への貢献にも意識している。工場の労働環境が良くなれば、より真摯に業務に取り組む意識も高まる。製品そのものの質の向上と、産業構造の変革の可能性が自社ブランドには残されている。

そんな一菱金属の工場内では現在、プレス加工と洗浄、研磨、溶接全般と一連の作業ができる体制ではあるが、全ての商品を自社で加工を行っているわけではない。

 

 

「餅は餅屋だと考えています。金属を扱うための工程は、本当にさまざまです。研磨ひとつ取っても、あらゆる方法がありますから。もともと燕三条は、あらゆる職人が協力しあって製品をつくる土地。だから、すべての工程を担おうとは思いません」

一菱金属の軸は、業務用厨房道具の生産で培った地場の職人たちと連携した金属加工技術。「conte」のアイテムも、この技術をベースに考えられている。

 

 
 

「conte」が生まれたきっかけ

「conte」のアイデアは、もともと広哲さんが心に留めていたものだった。ひとりのアドバイザーとの出会いをきっかけに、プロダクトとして動き出すことになる。

「作家活動中に家庭用の製品開発もやっていきたいと思ったタイミングで、全国のものづくりに詳しいアドバイザーの方に考えを話したんです。そうしたら『ボウルって改良の余地がないのかな?』との話が出て」

日々使う台所道具にも関わらず、ちょうどいいものがない。世の中にボウルはたくさんあるけれど、しっくりとくる逸品とはなかなか出会えない。そこで、広哲さんはプロダクトデザイナー・小野里奈さん、アドバイザー・日野明子さんと共に「ちょうどいいボウル」を開発するために試行錯誤を重ねた。

 

 

ボウルの開発期間は約1年間。一方、もうひとつの「こします」のオイルポットは、開発に約3年もの歳月が要された。妥協を許さずに、改善に改善を重ねるのには必要な時間だった。

 

こします|オイルポット  @minokamo

「油切れがすごく難しいんです。スッと油が切れる構造にするために、形状や加工の具合を細かく調整していきました」

他社商品と差別化する工夫も忘れない。ボウル、オイルポット、ともに省スペースでシンプルなデザインを心がけた。日本中のあらゆる場所で購入できるなんでもないキッチン道具だからこそ、選ばれるための理由が必要だった。

商品そのものの認知度は大事だ。まず、商品を知ってもらうためにプロモーション用の動画も制作した。撮影・編集はツムジグラフィカ高橋トオルさん、作曲は福島諭さんと共に「conte」ができるまでの工程や、使い方を数分の映像に落とし込んだ。

「自分の想いよりも、人や技術とをつなぐことと、つなぐための方法を考えることが好きなんです」

一見すれば動画は一般的にも見えるアプローチ。だが、ものづくりの現場ではこうした自己発信することは、まだまだ挑戦的な部類に入る。たくさんの人を束ね、力を借り、だんだんとアイデアがかたちとなり、工場が自ら指揮をとった動画は完成した。

 
 

日本と海外の文化の違いを、どう乗り越える?

広哲さんが考えるこれからの「conte」。目標に掲げるのは、海外展開だ。現在は日本のセレクトショップでの販売が中心だが、今後は販路の拡大を画策している。

「海外でもiF GOLD AWARD、reddot award(2件)と続けて賞を受賞したことがきっかけです。ただ、日本と海外とでは文化が異なるので、受け入れてもらうまでに時間がかかるような気もします」

 

 

たとえば、アメリカを例に挙げると、その差はわかりやすい。「conte」の特徴を日本で語るなら、さまざまな用途に使える、デザイン性の高いキッチン道具だ。ところが、アメリカでは、デザイン性は高いものの「用途がありすぎて迷ってしまう」キッチンツールなのだそうだ。

ひとつのものにあらゆる用途を見出す日本の文化と、そのものに専門性を求めるアメリカの文化。海外展開においては、こういった国民性や風土のちょっとした違いも意識しなければならない。

「海外に行きたいと考えてはいても、文化の違いと、あとは数量の単位の違い(計量する際の)なんかもありますからね。これからどのように展開していくのか、まだまだ考えなければなりません。難しいところもありますが、国内とは違った価値観との出会いが面白いです。」

 

 

職人とクリエイターの橋渡しをしたように、これからは日本と海外の橋渡しを担う。経営者として自分の頭を使うかたわら、広哲さんはものづくりのつなぎ役としても「なにか」の架け橋になりつづけるのだろう。

海外展開を見据えた今、一菱金属が次に繋がるのはなんなのだろう。

ものづくりの現場は、これだからやめられない。
誰が、何が、いつ、どの瞬間につながって起爆剤になるか、だれもわからないのだから。

 

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