ひたむきな強さと柔軟さ。
鍛造工場の社長にきいた、今を生きる言葉。
ど派手なハンマー音を街に響かせる、燕三条の鍛造屋だ。
燕三条の町工場の姿は千差万別。社長の人となりによってその工場の趣はだいぶ変わってくるのだろう。滝口製作所の代表・滝口栄三さんは、会えば一瞬で人を和ませてしまうような明るさと、肝っ玉の強さを感じる人物だ。
基本に忠実な姿勢と柔軟な発想は、時代の流れを経て工場の内外における信頼と技術力を確実なものとしてきた。
ガツンと響く振動と、ガツンと心にささる町工場の社長の言葉をお届けしていく。
熱間鍛造の専門工場「滝口製作所」
滝口さん:ははは(笑)。昔は、今以上にもっともっと大きな音が鳴り響いていたんですよ。うちの機械もたくさん稼働していましたし、周りの工場もそれはそれはたくさん。
滝口さん:自動車部品やキャンプ用品、色々やっています。
編集部:燕三条には金属加工工場が沢山ありますよね。
滝口さん:私たち滝口製作所は、「熱間鍛造(ねっかんたんぞう)」と言う技術を強みにしています。熱間鍛造という金属加工はご存知ですか?
編集部:金属を高い温度で熱して加工する、ということでしょうか。
滝口さん:そうです。基本的には、金属を加熱した状態で叩いて形状を変えていく成形方法のことを言います。鍛造には金属をほぼ加熱しない、つまり常温の状態で成形する冷間鍛造と、この熱間鍛造と2種類があるんですよ。
編集部:常温の状態でも、金属は成形ができるんですね。成形方法によって、得意とする加工が違うということですか?
滝口さん:そのとおりです。金属は、加熱することによって膨張し、冷めることによって収縮します。そのため、熱間鍛造は一定の規格に揃えた製品加工には不向きなんです。一方、細部の加工や大型部品の成形など、複雑なものや、独特な形状が用いられる場合には、勝手が良いんですよ。
編集部:そうなると、滝口製作所では、複雑形状もしくは大型部品の加工に特化して製造されている、ということでしょうか。
編集部:900、ですか……!?
滝口さん:はい、日々増えていますよ(笑)。それだけの種類があるので、小型部品の加工だってもちろんあります。
編集部:先ほどの他に具体的には、どのような製品を……?
滝口さん:ペンチやニッパーといった作業工具部品、建築部品、OEM(受託生産)での刃物部品など、本当にさまざまです。金属の種類も、ステンレス、鉄、特殊鋼など、いろいろです。
規模拡大を目指した矢先に訪れたリーマンショック
滝口さん:ええ、たくさんありましたよ。今はこのエリアじゃ数社になりましたが、昔は道路の向こうだって、さらに奥だって、どこも鍛造屋さんでしたから。
滝口さん:まあ、生活するのに苦しくなっていたからですよね。うちも経営に苦しんだ時代がありましたから、その苦労はよーくわかります。
編集部:滝口製作所は昔から熱間鍛造一筋だったのですか?
滝口さん:そうです。ただ、昔は大工道具の玄能づくりで生計を立てていたんです。
編集部:そこから、どうして現在のような加工業に代わられたのですか?
編集部:なるほど……。周囲の工場がシャッターを下ろす中で、滝口さんなりの生き残るためになにを意識されたんでしょう?
滝口さん:製品数を増やしたことですね。具体的にいうと、当時需要が拡大していた自動車部品の生産に大きく舵を切ったんです。部品加工するための機械を新しく取り揃えたり、工場を広くしたりと、徐々に事業を拡大していきました。金額でいうと何千万もの投資です。それを回収するためには工場を動かさないと、ね。
滝口さん:いやいや、そんな矢先に訪れたのがリーマンショックですよ。当時は第七工場と名付けた7つめの工場を買ったばかりのタイミングで。仕事はなくなるわ、事業資金は足りないわ、で本当に大変でした。
編集部:軌道に乗ったと思ったら……。
滝口さん:従業員の半分をリストラして人件費を削減したり、銀行から融資を受けたりしながら乗り切りましたが、あのときのことは今でも思い出すとつらかったですね。
「これでいいや」ものづくりでは、妥協はご法度
編集部:最終製品の途中工程を部分的に請け負う工場のことを指すんですね。正直なところ、具体的な難しさがパッと思いつきません……。
滝口さん:いやいや、そうだと思います。中間加工業に位置する私たちがとても強く意識しているのは、部品に傷をつけないこと、できる限り寸法ぴったりに作り上げることです。
滝口さん:手抜きは、やろうと思えばいくらだってできるんです。ちょっとだけこだわらない、まあいいかと思うのは簡単なことです。しかし、私たちの作った部品を受け取る、引き継ぎ先の工場の目線に立って考えてみてください。
編集部:後の工程のことを考えると、もちろん部品の精度は高いほうが良いですよね。ずれている寸法を修正するコストがかからなくなりますから。
滝口さん:そうなんです。しかも、それって、引き継ぎ先だけではなく私たちにとってもメリットがあるんです。それは、「修正コストがかからないから、滝口製作所にお願いしよう」と、質を評価された信頼が得られますよね。
滝口さん:職人にとって、「できる」ということは、もはや当たり前なんです。求められているのは、より素早いこと、より正確なことですから。お客様の要望をしっかりと聞き、製品に反映することが、もっとも大切なことだと考えているんです。
質とスピードを高める、滝口製作所らしさあふれる「働き方改革」
滝口さん:交代制を取り入れることで、作業の効率化を図っています。たとえば、普通の工場って、出社時間と退社時間が決まっています。お昼にはみんなが一斉に休憩を取るので、お昼休憩の間は工場が止まってしまう。それなら、交代制にして機械が止まる時間を作らなければいいじゃない、と思ったんです。
滝口さん:月曜日から水曜日までの3日間で合計3時間だけ残業を認める取り組みを行なっています。ほかの日にしっかり帰ってもらい、働き方にメリハリを付けようということで。あとは夏は新潟でも暑いですよね。涼しいうちに働けるように30分だけ早めに出勤して、他の工場が終業して道が混む前にサーッと帰ろうや、なんてこともあります。
儲けが出るか出ないかと考えない。工夫次第でどうにでもなる
滝口さん:私が末っ子だからですかね、あんまり既存の概念にとらわれることがないのかもしれません。良いと思ったことは取り入れてみる。ただ、絶対にやってはいけないことを決めています。それは、仕事を「儲かるかどうか」だけの尺度で決めることです。たとえば、たくさん発注するから安くしてほしい、といったご要望ははっきりお断りします。目先の利益を考えたら決して悪い話ではないですが、うちではお請けしません。
編集部:どうしてでしょう?たしかに単価は低くなりますが、発注があることは会社にとってはありがたいことなのでは?
編集部:それはごもっともですね…。そうしていると、儲けにならないってことはないのですか?
滝口さん:ないですね。仮に儲からない仕事だったとしても、なんとか工夫すれば儲けが出るような工夫があるはずなんです。やる前から「儲からないから」と決めつけるのではなく、どうしたら儲けが出るのかも考える。経営を行なっている上で、そこを考えるのは当たり前ですよ。
ものづくりで一番大切なこと。それは「我慢」ができること
滝口さん:「我慢」じゃないですかね。
編集部:我慢、ですか。コツコツと続けること、という意味でしょうか。
編集部:情報が簡単に手に入るようになった時代だからこそ、人と比べることが増えたように思います。何事にも長けた器用な方ってどこにでもいるから、ついつい比べてしまうのかなと。
滝口さん:長く続けてごらん、と思います。器用な方は、なんでもできるが故にひとつのことに夢中になって続けることが苦手なケースがとても多い。コツコツ努力できるなら、長い時間軸で見たときに必ず成果が出ます。そして、長い時間をかけて壁と向き合い続けられるなら、この先に大変なことがあってもきっと乗り越えられるはずだから。だから、我慢。
でも、滝口さんの場合はそんな人間の弱さをちゃんと知っているからこそ、まず自ら退路を断ってチャレンジしていく姿勢があったのだろう。
社長業であろうと、職人だろうと、クリエイターだろうと、少なくとも自分で決めた道を納得のいくまでやり通してみると、そこにまた別の世界が開けてくるのだろう。
相当な圧力のかかる滝口製作所のハンマー音を聴きながら、激動の時代を生き抜いてきた町工場の社長の言葉の重みを、しみじみと感じていた。
取材にご対応くださいました代表取締役社長の滝口栄三さまは2019年6月に会長に就任されました。(記事は2019年2月に行われました取材を元に作成しています。)
〒955-0814 新潟県三条市金子新田丙579-2
TEL:0256-32-2663
FAX:0256-35-0571
http://www.takiguchi-mfg.co.jp/