2020.6.15 UP

真っ向からクオリティで勝負する。質と信頼の上に積み重なった、彼らのオリジナリティ

自分らしさを言葉にしたいと何度も思ったことがある。けれど、自信を持って掲げられるほどの自分らしさなんかない、と自分にふたをしてしまう。

言葉を変えるなら「アイデンティティ」と呼ばれるそれを、強い核にできるような人たちに強烈な憧れを抱いていた。

「らしさ」というものは難しい。

でも、新潟県燕市のとある工場を訪ねてからその考えは変わった。無理に「らしさ」を求めるのではなく、ひたむきにオリジナリティを突き詰める職人の姿を知ったから。

今回、お届けするのは、新潟県燕市の一角で「じょうご」や「シェラカップ」などのアウトドア用品を中心に生産する工場、せきかわ工芸のお話。自分らしさに悩む、すべての方に届けたい。

 
 

「ヘラ絞り」の技術が、せきかわ工芸のものづくりを支える

「キュイイイイン」と、金属が回転する音が工場内に響き渡る。

有限会社せきかわ工芸(以下、せきかわ工芸)の工場から聞こえるのは、金属加工技術のひとつ「ヘラ絞り」による加工音だ。この「ヘラ絞り」は、金属加工の街・燕三条の中でも得意とする工場は比較的少ない技術なのだという。

 

右の円盤が「ヘラ」。これを押し当てることで金属を変形させていく。
ヘラ絞りでは、金型にセットした金属板にヘラと呼ばれる円盤状の金属を押し当てることで、一枚の板でしかなかった金属部品が流線型に変形する。加工の過程を見ているだけでも楽しい。

このヘラ絞りを最大限に活用するのは、「じょうご」などのテーパー形状を作るとき。家庭用、学童用など、あらゆるサイズのじょうごを生産するため、機械を微妙に調節しながら加工の具合を定めている。

 

 

そのほかにも、アウトドアグッズや調理器具などの加工など、幅広い製品数を扱っていることがせきかわ工芸の特徴だ。工場の中を歩いていると、あちらこちらにアウトドアメーカーの金型を目にする。

工場内に並ぶ加工後の製品を手に取れば、誰もが知っている様なアウトドアブランドの刻印。日本を代表するアウトドアメーカーたちが、こぞって生産を依頼する工場、それがせきかわ工芸なのだ。県内外を問わず、あらゆるオーダーが今もせきかわ工芸の元に届く。

せきかわ工芸で加工している金属素材は、主にチタンとステンレスの2種類。全体を見ると、チタンが7割、残りがステンレスだ。

せきかわ工芸の社長、関川正幸さん(以下、関川さん)は「材質や板厚の異なる金属の加工には、職人的な勘が必要なんです。機械の制御ひとつで加工の具合は瞬く間に変わってしまうため、職人としてひと通りの加工を覚えるまでには、平均して10年ほどかかるかな」そう話す。

一昔前、機械を導入する前は、自らで木のヘラを動かしながら絞る、いわゆる「手絞り」も行われていた。現在はほとんど手絞りを行う機会がなくなったものの、専門調理器具を筆頭に機械のサイズが合わない製品に関してはいまだに手作業で加工を施すこともある。

 

これが昔ながらのヘラ。「手絞り」はこれを回転体にあてて、曲げていく。
せきかわ工芸で取り扱うメインの金属素材であるチタンは、特徴的な金属だ。洋食器(ステンレス製)の生産が盛んな燕三条の地で、チタンを主として扱う工場も珍しい。

チタン加工の始まりは約25年前、初めてアウトドア製品の加工を受注したことがきっかけだった。当時のオーダーであったアウトドア用品である「シェラカップ」の生産は、今でもせきかわ工芸の経営を支える存在だ。

関川さんは、チタンという金属の特徴をこう話してくれた。

「一言で表すなら、チタンは軽くて優秀。その代わり、高価です。経営を初めてからうちは長いことチタンの加工に特化していたため、燕三条の多くの工場とは異なってステンレス加工のほうが苦手なんです(笑)」

 

 

高価な金属であるがゆえに、加工時の失敗は許されない。気を抜いてしまうと、不良率はすぐに10%を超えてしまうからだ。0%に止めることは難しいものの、最低でも3〜5%をキープしなければならない。この割合をいかにして下げるかと言うところに、職人たちの腕がかかっている、というわけだ。

 
 

デザインから始まったせきかわ工芸の歴史

せきかわ工芸は、創業者であり代表の関川さんが25年前に創業した会社だ。工場の中を案内しながら、昔は尖っていた、と関川さん自身は語るものの、その面影は今はあまり見られないほど柔らかな物腰だ。

 

 

関川さんが工場を経営する中で「基本、お願いされたものは断らない」という実直なスタンスを貫いている。

「なるべく断らない。これが基本です。『関川さん、どうにかできませんかね…』と相談を受けると、なんとかして彼らの要望を叶えたいと感じてしまうんですよね」

関川さんが、メーカーの依頼をなんとかしたいと感じるのには理由がある。それは、関川さんのもとには、「せきかわ工芸でなければできない仕事」が届くからだろう。

普通、加工を主事業として展開する工場には、発注時に加工図面が届く。加工図面をもとにして、必要に応じて加工を施す。本来ならば、加工図面がなければ、やみくもに加工を行うことはできない。

ところが、せきかわ工芸では、加工図面がなくとも受注をしてしまう。それこそが、せきかわ工芸に特別な仕事が集まる理由だ。加工そのものが難しい、小ロット生産、加工内容が未確定など、ほかの加工業者では門前払いをくらってしまうオーダーを、関川さんは受け入れている。

 

 

そこには、関川さんの異色な経歴が関係している。

「僕は、高校を卒業したあと、4年間くらい意匠図面の制作をしていたんです。いわゆるデザインの仕事です。ゼロからデザインを考えて、図面として形にするまでを学んでいました。

もともとは銅製品のデザインのみを行う会社に在籍していたのですが、机の上でデザインするだけの毎日には飽き足らず、自ら金属の加工にも挑戦するようになったんです」

金属加工を覚えるようになった関川さんが出会ったのが、現在の事業にもつながる「ヘラ絞り」の技術だった。その後、会社を退職し、28歳で独立。会社員時代と同様に、意匠図面のデザインや金属加工を行なっていたのだそうだ。

「いつでもヘラ絞りができるようにと、独立してから工場にヘラ絞り機を置いておいたんです。それが転機で、今のような生産ありきの事業に転換しました」

 

 

関川さんのファーストキャリアは、デザイナー。そのため、図面制作も彼にかかれば難しい仕事ではないのだ。デザインが決まっていない、加工方法から相談したい。そんな、「関川さんなら解決できる」と信頼されて集まったオーダーが、彼のもとにはやってくる。それ故にそう容易には断れない。

関川さんだからこそできる仕事は、せきかわ工芸の新しい取り組みにつながっていた。大量生産の時代の名残の、分業制のものづくりの街・燕三条で、一気通貫の生産に挑戦したのだ。

 
 

分業の街・燕三条なのに、ほぼすべての工程を自社で担う

燕三条の地では、そこかしこに金属産業に関わる工場が存在する。際立った職人の知恵と技術とを活かして、よりよい製品を効率的に作るためだ。ところが、せきかわ工芸では、そんな地場の当たり前から外れた一気通貫生産に踏み切った。

 

 

せきかわ工芸では難易度の高い研磨や洗浄までをも自社で行なっている。

 

 

機械を使うとはいえ、「へら絞り」は一筋縄でいくような簡単な作業ではない。仮に一般の私たちが明日から宜しくなんて言われても、全く話にならないだろう。機械を最適に動かすための設定。そして加工する素材やその特性の見極め。あらゆる経験が必要で、関川さん曰く、「それをデータ化したりするにも困難なほど感覚的」なのだ。

さらに、金属を加工する際、最後の工程の仕上げである「研磨」をするための、バレル研磨機までここにはある。樽(たる)の形の研磨機であることからその名が付いたバレル研磨機は、イニシャルコストや独自のノウハウが必要で導入が難しい機械だ。安定的に使用できるまでは経験が必要だ。実際に、関川さんたちは工場の若手の職人たちと、山ほど種類のある素材や方法の中から、やっとのことで使用できるレベルまで技術水準を上げた。バレル研磨機の扱いも職人級なのだ。

 

左に見える細かいメディア(研磨媒体)を使って金属を一気に削るバレル研磨
これほど困難な道と分かっていても、せきかわ工芸が一気通貫生産を行うようになった背景には、いくつかの理由がある。

「中間加工を外注するためには加工図面が必要です。僕の場合、ひとりで図面設計ができてしまうから、そこまでやるなら加工までって思ってしまって。また、外に出してしまうと品質の追求面でも課題が多かったため、それなら自分たちで一気通貫の仕組みを作ろうと考えました」

さらに理由はある。せきかわ工芸で生産するじょうごやシェラカップは、直接指が触れたり口を付ける可能性のある製品で、小さなバリ(加工過程でできる、金属面の引っかかり)が、けがの元になりかねないのだ。

 

 

二重カップの場合は製品の構造が起因する課題もあった。それは、パーツ溶接後の研磨難易度の高さだ。

「シェラカップでは、持ち手とカップの部分を溶接した後に研磨を施す必要があります。ところが、パーツの付いた不安定な形状の研磨を受け入れてくれる工場は、実はあんまり多くなくて」

そしてなにより、一気通貫で生産ラインを整えることができれば、「せきかわ工芸ではこれらを生産しています」と自信を持って言える。消費者に対する質の担保と、自社としてのスタンスなどを鑑みた結果、現在の製造体制に落ち着いた。

「バレル研磨を導入したあとは、しばらく大変でしたよ。なにせ、メディア(研磨媒体)やコンパウンド(研磨剤)などへの知見がないわけですからね」

分業制の街で取り組む、一気通貫生産。容易ではない仕組みづくりを可能にした背景には、関川さんのものづくりの質への強いこだわりが垣間見えた。

 

 

 
 

せきかわ工芸は、メーカーにとっての、最高の裏方の役割を果たす

せきかわ工芸の強みは、ヘラ絞りの技術と、デザインまでを含めた一気通貫生産体制だ。ただし、どちらも高い「質」と「信頼」なしには、強みといえるまでにはならなかっただろう。その証拠に、関川さんは私たちにこんな話をしてくれた。

「さまざまな製品をゼロから生産しているので、時として“マネされる”なんてこともあります。でも、いっさい気にしてはいません。マネされるって、僕たちの製品が良いものってことじゃないですか。仮にマネされたとしても、その上をいく製品を作り続ければいいんです」

 

 

せきかわ工芸にはプライドがある。圧倒的な質を継続し続けることが信頼に繋がる。当たり前のようだけれど、続けること、裏切らないことは容易ではない。

だから、それを続けたせきかわ工芸は、他の工場にはない「オリジナリティ」になった。関川さんが持ち合わせるデザインの能力は、ある意味メインではなく、せきかわ工芸の根底にあるのは、あくまで質と信頼なのだ。

「まあ、そうは言っても、商品はマネされたくないですけれどね。結局、価格競争になってしまうから疲弊しちゃいますよ(苦笑)」

 

 

ところで、自社でオリジナル製品を作りたいと感じることはないのだろうか。実際のところ、せきかわ工芸の事務所には、期間限定で販売するタンブラーの試作品を筆頭に、さまざまな形状のサンプル品がところ狭しと並べられている。これだけの製品バリエーションと関川さんのデザイン力を活かせたのなら、ブランドを生み出すことなんてそう難しいことではないはず。

そんな疑問を投げかけてみると、関川さんは、首を横に振る。

「作りたいと思うことは、ないわけではありません。でもね、僕らがオリジナル製品を作ることで困る人たちがいるし、それぞれの役割があります。

もし製品数が増えれば、それだけ競合が増えるということ。さまざまなラインナップを扱う僕らだからこそ、たとえオリジナル製品を作れてもお客さんたちの商売を邪魔することになるんです。そんなことは、絶対に避けたいじゃないですか」

関川さんは言葉を続ける。

「製品を作る力のある僕らと、売る力のあるメーカーやブランド。それぞれの力をかけ合わせて、良い製品が消費者に届く。それが一番しあわせなことなんです。自分たちでなんでもできたら良いかもしれないけれど、それが誰かの商売の弊害になるなら、やるべきではない」

 

 

せきかわ工芸と各メーカーやブランドは、力を合わせることで美しく循環する。そのことを知っているから、無理にオリジナル製品を作ろうとはしない。そして、関川さんのそんなスタンスは、信頼にもつながっているのだろう。

 
 

質と信頼からなるオリジナリティの継承に向けて

たった一代で今のせきかわ工芸を育てあげた関川さん。後継者不足に悩むものづくりの街で工場を構えるからには、これからの未来を考えずにはいられない。現在社員は9名。「ちょうどいい」と関川さんはポジティブに答えてくれるが、それは同時に減ると足りないことも示唆している。

穏やかな取材の向こう側で、社員たちが駆け回りながら仕事をこなす姿を何度も見た。とくに「なるべく断らない」ことをポリシーとして掲げるからこそ、常に納期との戦いは続く。

 

 

せきかわ工芸全体としては、やはり二代目、三代目を任せられる後継者の存在を探している。「デザインまで興味のある若者が、いてくれたらうれしいですけれど……」と言いながら言葉に詰まる様子をみるに、今は見つかっていない状況なのかもしれないと感じた。

「デザインと一口に言っても、業務幅にしてみたらずいぶんと大きいですからね。製品化できるまでは、図面を作って、金型を作ってと、プロセスがいくつもありますから」

せきかわ工芸の武器のひとつともなっているこのデザインのちから。

「それと、常に満足することなく、高い質を求めてものづくりができる。そんな人に、後継者になってもらいたいと考えるし、せきかわ工芸の技術を継承してほしいと思うんです」

 

 

これでいいや、と満足するのではなく、常に疑問を抱いて「どうしたらもっと良くなるのか?」と疑う目を持って仕事と向き合うことの必要性をどう伝えていくのか。良い意味で危機感を持てるような人材を育てることが、今の関川さんの課題だ。

「自分が変わらなければ、スタッフのみんなも育たないんですよね。昔はほんとうに尖っていたんですけれど、ずいぶんと穏やかになったんですよ、僕(笑)」

今が一代目だからこそ、後継者の教育には余念がない。リーマンショックを知らない今の若者たちに、もし不況が訪れても乗り越えられるような技術を残すことも必要だ。

「人の、財産と書いて、人材。今一番意識しているのは、彼らが事業を残せるような環境を作ることなんです。僕らはリーマンショックを経験しているから、景気の浮き沈みによっては仕事がなくなることを知っている。今の若者も、生まれてからずっと不況とはいえど、暇を知らずに生きてきているはずなんです。

これから、もう少し経ったら景気が悪くなるなんて話を聞くことがありますよね。そんな日がいつか来ても、僕は技術を残さないといけない。今はそのための準備期間なのかもしれません」

 

 

生き残るための武器は、せきかわ工芸に根付いた質への探究心と、長い時間をかけて構築した信頼だ。ものづくりの世界に限らず、これらふたつの要素は、人が働くならば身につけているべき要素なのかもしれない。

当たり前を当たり前として、継続することは簡単ではない。だからこそ、現在のせきかわ工芸のように、「当たり前」の要素はオリジナリティとして輝く。

これまでずっと、オリジナリティとは、なにか特別な才能かなにかだと思ってきた。物珍しいアイデアによって生まれるものだと思ってきたけれど、それは見当違いなのかもしれない。

オリジナリティとは当たり前のことを実直に続けることで見えてくるもの。

基礎を積み重ねることで見えてくる「らしさ」の色合い。それこそ、人がオリジナリティと認めるものなのだろうな、そんなことを思い浮かべ、工場を後にした。

 

この記事は、新型コロナウイルス感染流行による自粛要請前に行われた取材を元に作成しています。

 
 

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