改善の行き着く先は…。小林製鋏の鋏(はさみ)は変化を続けていく
その流れを汲み、三条市で果樹園芸用の鋏を製造するのが小林製鋏(せいきょう)株式会社(以下、小林製鋏)。初代が東京で創業した会社ですが、第二次世界大戦を機に実家のある三条に疎開し、その後は果樹園芸農家向けの鋏作りに事業を転換しました。以来70年以上、鋏一筋で工場の切り盛りをしてきました。
「自分の刃物の作り方が正しいと思ったことは一度もない」
伸行さんは言います。社長自らが現状に満足せず、理想との差分を追い求める姿勢の現れ。小林製鋏のものづくりに迫ります。
改良を繰り返すことで、より使いやすい商品をつくる
鋏の違いは面白いもの。作物によって鋏が違うことは想像に難しくありませんが、一口に「りんご用の鋏」と言っても、生産地によって異なる商品を使っています。鋏を使い分ける理由は土地ごとに剪定する木の水分量が異なるため。適材適所で使い分けてみると、その差は一目瞭然だそうです。
医療器具の製造から始まった、三条の鋏屋。
当時の三条市には鋏を作り、売る環境が整っていました。砥石屋や材料屋といった鋏を製造するために必要な会社が周辺に多くあったのです。こうした環境が鋏作りの後押しをしていました。
「今も続く『越路』ブランドを立ち上げたのは1957年のこと。『越路』の名前は、かつて初代が通っていた東京行きの列車の名前から名付けられました。この名前には“新潟から東京へ販路を広げたい”───そんな願いも込められていたのかもしれません」
「社長権限が早く欲しい」と感じた、社長代理時代
21歳のころ、祖父である初代の賢次さんが亡くなったことをきっかけに、伸行さんは小林製鋏で働くことに。さらにその4年後、2代目を継いだ父繁男さんが病に倒れ、伸行さんは社長代理として社長業を担うようになります。
そんな焦燥感を覚えながらも、伸行さんが社長に就任したのは代理を務めて10年以上経った37歳の時でした。
ユーザーの声を聞く機会が増えれば、ものづくりも変わる
理想を実現するために新たに始めたこともあります。それは商品にアンケートを入れること。商品を購入し、実生活で活用するお客様がどこに住み、どのように商品を使い、さらにはどのような不満や改善を求めているのか、といった声を聞き入れることで、使い手や世相に寄り添った商品設計の改善を目指しました。
そのひとつが、「錆びに強く、毎日の手入れが簡単な鋏を作ってほしい」という農家から頂いた意見を反映させた商品。錆に強いオールステンレスの鋏を開発し、長時間使っても疲れにくいような設計に。毎日朝早くから夜遅くまで作業をするユーザーのことを考えた作りです。
小林製鋏はアンケートの他に、農家の声を聞く機会として「Tool Japan」をはじめとした展示会にも出展するようになりました。来場者の多くは植物や野菜、果物の生産者なので、面と向かって生の声を聞くことができます。熱心に話してくれる方も多く、自分が使いやすいように鋏を改造しているといった話を聞くこともあります。
鋏の使い手である生産者の変化についても詳しく知ることができるのが、展示会のもうひとつの良いところです。大手飲料メーカーが畑を購入し野菜を育ててジュースにしたり、産地をブランド化したいと考える農業法人が出て来たり、リスクを分散させて海外に拠点を持ったりと、新しい農業の形を知る絶好の機会にもなるのです。
従来の顧客とは異なる、女性向けの鋏をつくる
手入れの頻度によっても選ぶべき鋏の品目は異なります。手入れを怠った鋏には、植物の渋がついて徐々に開かなくなります。バネが強ければ、渋が多少ついても開閉に遜色はありません。使い方も選び方も、人の数だけ商品がある。そんな考えから、中川政七商店とのコラボで女性でも使いやすい2種類の鋏を製造しました。野菜やハーブなどの収穫時に使える園芸鋏「HARVESTER」と、草花を生ける時に使える花鋏「FLORIST」です。
「用途ありきの考え方ではない作り方に驚きました」
伸行さんがそう話すように、“用途で作り分けてきた鋏”から、“生活シーンで使い分ける鋏”へ。今までのものづくりの思想を根底から覆す商品の開発が実現したのは、外部のデザイナーさんと組んだからこそでした。構想から販売に至るまでに約2年の歳月を費やしましたが、鋏を製造する技術力を活かしながら、新たな哲学を組み込んだ新製品の完成につながったのです。
手造りの剪定鋏を残そうと苦心した
海外で人気が高いのは剪定シリーズ。特にイギリスでは日本庭園で使用するために剪定鋏が愛用されています。もともと剪定シリーズは、三条で剪定鋏の元祖ともいわれる、岩山鋏製作所から譲り受けた技術。岩山鋏製作所の初代 岩山長次郎氏は、大正時代末期に山形から三条に剪定鋏の技術を持ち込んだ第一人者です。その四男、岩山義輝氏は手造りの剪定鋏にこだわり、機械加工では出せない味のある鋏を作り続け、晩年に付き合いのあった小林製鋏に技術を継承することにしたのです。
機械や砥石の量が、鋏の種類の多さを証明する
工場内でどうにかやりくりをしなくては回らないほどに需要があった果樹園芸用の鋏。今でも当時の製造方法が受け継がれています。小林製鋏では、鍛造から仕上げまで一貫した生産をしています。
鋏作りは、まず刃を一枚一枚作るところから。
専用の加熱炉で鋼を熱した後、125tのエアーハンマーで成形し、プレス機でバリ*を抜きます。その後に焼入れと呼ばれる熱処理加工を施します。高温で熱し冷却された後、焼き戻しと呼ばれる作業で、鋼のねばりを出していきます。
その後、バレル研磨と呼ばれる機械に鋏を入れ、バリを取っていきます。
組み立ては女性が担当することが多い作業のひとつ。「やはり男性よりも女性のほうが細かいところも気がつくのでしょうか。ここはずっと女性に担当してもらっている部署です」と伸行さんが答えます。
下の写真の様にグリップの色つけが終われば、完成間近です。
実はこのグリップに園芸品種や樹木の基本色である、緑の反対色の赤色を用いるのは、視認性を高めるためだったのです。
ユーザーの声にもっと寄り添える場所に
過去に福島県のなめこ農家から、20年以上前に廃番となった芽切鋏を作って欲しいと要望を受けたことも。しかし、30丁という少数ロットだったことから採算が合わず、作ることは難しいと判断。その代わりに、今使っている鋏を新品に近い状態へ修理することを提案しました。
小林製鋏にとっての修理作業は、元ある状態を再現することではなく、より使い手の望む姿に作り変えるので、「改良」と言い換えるのがぴったりです。
「うちが出す商品に100%満足している農家さんはほとんどいないはずです。多くの人は80%くらいの満足度。それであれば、その足りない20%を直接工場に来てもらって意見を伺いながら修理、改良したいと思っています」
さらに、工場で修理したものの使い心地をその場で確かめてもらうために、工場の裏に植えた木やハーブで試し切りをすることができます。
「お客様に喜んで、感動してもらいたい」
この想いを実現し続けるために必要なのが、社訓でもある「水のように変化できる行動・考え方を持つ」こと。「自分の刃物の作り方が正しいと思ったことは一度もない」「本当に今のやり方が正しいのか?」「もっと別のやり方があるのではないか?」と常に疑問を持ち、挑戦し続けています。社長に就任した今でも伸行さんがそんな姿勢でいるからこそ、柔軟な発想を基に新しい鋏を生み出し続けることが可能なのです。
社長からの一方的な発信ではなく、社員から「もっと工夫できるのでは?」と話しが出ることもしばしば。社員自身がそれぞれに考えることで、最善と思われる行動ができるのです。
伸行さんはこう続けます。
「事業として一番大事なことはブレないこと。事業を進める目的がしっかりと定まっているからこそ、事業を事業として継続できます。当社の軸は、社是でもある『森羅万象』。表向きには作る商品が変わるかもしれませんが、根本の軸は変えずにやってきました」
自分たちだけじゃない、業界や産地の発展をつくる
「果樹園芸用の鋏を扱っているため、当然農家さんが潤わないと鋏を買ってもらえません。とはいえ、うちの商品をひたすら買ってもらえればいいという話ではありません。ユーザー目線に立った時に、今まで毎年買い替えていた鋏を小林製鋏の鋏に変えたら2年に1回の買い替えでよくなるというのは、私たちにとっても嬉しいことなのです」
「地域全体で盛り上がってくれればと思います。今の鋏づくりに必要不可欠な部品のネジやバネの工場や問屋さんがいなくなってしまったら、例えうちだけ生き残ったとしても、一から業者を探さなければいけません。関係者がいなくなることで経営が苦しくなると言う意味では、跡取りがいなくて廃業してしまうことも同じ。知り合いの会社もつい最近廃業せざるを得ませんでした。確かに、道具の進化によって業界が衰退してしまうこともあるかもしれません。鍬屋さんのなかには耕運機が出て来てから勢いが衰えてしまった会社もあります。10年後はどうなっているかわかりませんが、時代に合わせて鋏を変化させてきたように、これからも世の中の動きを見ながら製品を変化させ、時代とともに生き続ける道を探していきます」
医療用道具から始まり、次々と求められるままに新たな鋏を生産し続けて来た小林製鋏。ずっと同じ製品だけをつくり続けられたら、きっと楽なことでしょう。しかし、時代はそれを許してはくれません。だからこそ小林製鋏は、受け継がれてきた伝統技術を未来へと受け渡すため、時代に合わせて自分たちのものづくりのあり方を再編しながら続けてきたのです。
“お客様に新たな喜びと感動を与える”
一見、簡単なようで難しい哲学。お客様が『越路』を使うことで感動できるように、今日も鋏を作り続けます。
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