スプーンからロケットまで。好奇心とめっきで広がるものづくり
この工場では技術を活用し、今までスポットライトの当たらなかっためっきの効用を最大限に活かした新製品を生み出した。ロケット部品にも使われるほどの信頼のある同工場のめっき加工技術は抗菌作用の高い製品に生まれ変わった。一方で、従来の常識の「金属」以外の素材へのめっきや、樹脂のめっき加工を成功させ、技術の新たな扉を開いている。
「めっきが剥がれる」といった、業界に関わる人間からすると不本意な慣用句さえあるが、実はめっきの真髄はとても奥深い。化学的な面白さとその有用性にまつわる魅力は掘り下げれば掘り下げるほど、出てくる。
なんとなく知っているつもりになっていた、知られざるめっきの力と魅力と面白さ。
新潟県は燕三条地域のめっき加工工場、株式会社高秋化学(たかしゅうかがく)(以下、高秋化学)の工場を覗いてみる。
なぜ金属に「めっき」を施す必要があるのか?
その答えは、めっきが持つ役割にある。
一般的にめっき加工を行う目的は、大きく分けると2種類。ひとつが「装飾めっき」。言葉の通り、製品の見栄えや美しさを増すために施すが、その他にも防錆(ぼうせい)・抗菌作用なども得ることができる。代表例としては、アクセサリーやジュエリーだ。金・銀・銅色など自由自在に色味を補正し、華やかに仕上げる。
そして、もうひとつは「機能めっき」と呼ばれるもの。こちらは装飾めっきとは異なり、金属が持つ本来の能力を引き出し、付加価値を与える。具体的には、耐食性や耐熱性の向上、電気伝導性の向上、ハンダ付けが可能になるなど。冒頭でも話した様に、高秋化学ではJAXAへの納品実績もあり、その技術に対する信頼は厚い。
その多くは私たち一般人には知られていない。めっきの魅力や可能性にすべてを捧げる、めっき一筋90年、燕三条のめっき職人が集う「高秋化学」とは…?
一口には語れない、盛りだくさんのめっきの世界
「めっき加工では、素材や付加価値に合わせて加工方法を選びます。まず、基本的な加工には、電気めっきと無電解めっきの2種類があることから説明させてください」
電気めっきでは、高校時代に化学で学ぶ「酸化」や「還元」などが活かされる。
②溶液内で電気が流れると、プラス電極から金属が溶解し、金属イオンとなり、マイナス電極の部品にプラス電極の金属が析出する。
一方で、加工品自体の表面が化学反応を起こす、電気を使わない処理を無電解めっきと呼ぶ。
無電解めっきは、めっきを施す金属部品や樹脂部品の表面に、化学反応を利用してめっき皮膜を析出させる。ただし、加工に適する金属は限られる。それでも、この方法であれば複雑な形状でも均一な膜圧にめっき加工ができるため、電気めっきと並んで重宝されている。無電解めっきの場合は非金属にもめっき加工を施すことができる。表面を粗く加工してできた溝に金属を付着させ、人工的に酸化還元反応を起こすのだ。高秋化学のめっきはこの2種類が基本形だ。
高秋化学の仕事の対象は、スプーンからロケットまで、実に幅広い。
「めっき加工に関するご依頼は本当にさまざまです。以前であれば、銀食器へのめっき加工がメインのご依頼でしたが、現在はロケットの精密部品へのめっき加工もありますし、個人の方から試作品にめっき加工したいとご連絡をいただくこともあります。
精密部品のめっき加工が多い高秋化学の工場内。いたるところに大きな水槽が置かれている様子が印象的だ。それぞれの水槽内では電気/無電解めっきの加工が着々と進行している。
めっきの奥深さは、化学と人間が絡み合うことで生まれる
「加工中は実際に何も見えないから様子はわかりません。ただし、それがめっきの面白さでもあります。加工が終わってみると、絶対にうまくいくと思った処理なのに失敗することもあれば、不安ながらに試してみた加工が成功することもあるんです」
不確定要素が多くあるからこそ、探求することに意味が出てくる。
失敗の理由は、意外にも「人」ということもある。
「たとえば、めっきを施す際に、加工しない部分にはテープを貼る(マスキングする)工程があります。これはすべて人の手で行なっており、ズボラな方と几帳面な方とを比較すると、質が大きく変わります。ズボラな方のマスキングだと、余計なところまでめっきされたり、逆にめっきが必要な部分にめっきができなかったりすることもあります。
代々受け継がれてきた、先代譲りの破天荒さ
「高秋化学を開業した初代は、すごく好奇心が強く新しもの好きな人物だったと聞いています。周りの工場が、金属洋食器の生産ばかりに取り組む状態を見て『それなら自分は、これから発展しそうなめっきだ』と、他人とは違う道を歩む決断を早々にしたそうで(笑)」
順調だった高秋化学のさらなる大きな転換期となったのは、約35年前に受注した衛星部品のめっき加工だ。簡単に引き受けられる仕事ではなかったというが、先代は二つ返事で引き受けた。
「受けた理由はシンプルです。やれると思わなかったけど、好奇心でやる。破天荒ですよね(笑)。たまたま、当社を知っている業者が、ある大手企業から技術力のあるめっき工場を知らないかと訪ねられ、当社を紹介したのがきっかけです」
「僕自身も中学卒業後すぐ、アメリカや中国への留学を経験してさまざまな世界を見ながら育ったんですよね。だから、興味があるならまずは挑戦する姿勢が自然に備わったようにも思います」
「中国に留学していたとき、少しの間バーテンダーとしてアルバイトをしていたことがありました。そのときに、中国製のカクテルグッズがすごく脆いことに気がついて。地元燕三条ではカクテルグッズの生産も盛んですから、試しに中国に持っていって使ってみたんです。
そしたら、まったく壊れないんです。正直、留学に行くまでは燕三条で作られたものが良品であることに気がついていなかったのですが、海外の現場を見て知ったことがたくさんありました」
7年間の留学期間を終えた高橋さんは帰国後、高秋化学に入社。化学変化で新しい素材ができたり、方程式通りにいかなかったり…。まるで生き物のように変化するめっきの世界の面白さにみるみるうちに魅了された。
自分たちの手でめっきの未来を切り拓くために
めっきは金属本来の能力以上の効果を発揮し、見た目も美しく見せることができる。より良い完成品として仕上げるために行うめっき加工の効果は、過小評価されるものではない。
中でも注目されるのが、めっき技術に応用を重ねた抗菌機能。シンクやお風呂場などの水まわりではカビやぬめりなどが発生しやすいが、めっきを施した商品でそれを未然に防ぐことができる。単なる加工技術ではなく、抗菌作用があることが世間に周知されれば、自ずとめっきの認知も上がるだろうと考えた。
また、新技術を取り入れ、3Dプリンターで製作した樹脂素材へのめっき加工にも着手している。樹脂は、めっきを施すにあたって高い技術力が要される素材だという。他社よりも一足早くめっきが可能になれば、それだけ受注できる仕事の幅も広がると考えている。
これから先も、好奇心で事業を広げていく
高秋化学の挑戦は新たなフェーズに突入する。新時代の高秋化学を推進していくのは、心強い職人たちの存在だ。総勢20名、年齢層は20代〜70代までと幅広い。
彼らの好奇心を大事にしながら、組織を運営すること。それが、今も昔も変わらない高秋化学らしさなのだ。
高秋化学の考える、めっきの魅力を世の中に伝えていくために必要なことは、めっきへの愛だけではないようだ。むしろ、仕事ではない時間から「楽しさ」「面白さ」などを感じられる感受性を求めている。
「ものづくりで言われる “3K(キツい、汚い、危険)”のイメージを払拭したいんです。燕三条でものづくりに関わることは、決して恥ずかしいことなのではなく、誇るべきことなのだと。そのためには、僕たちが燕三条でイキイキと働く姿を見せることが必要だと思っています。
高秋化学のめっき加工の未来は、何が起こるかわからない。
彼らは今日も自分の好奇心に忠実に、明日へのはしごを架けようと奮闘している。
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