2020.7.24 UP

スプーンからロケットまで。好奇心とめっきで広がるものづくり

今回お届けするのは、燕三条のめっき技術を愛する工場の話。

この工場では技術を活用し、今までスポットライトの当たらなかっためっきの効用を最大限に活かした新製品を生み出した。ロケット部品にも使われるほどの信頼のある同工場のめっき加工技術は抗菌作用の高い製品に生まれ変わった。一方で、従来の常識の「金属」以外の素材へのめっきや、樹脂のめっき加工を成功させ、技術の新たな扉を開いている。

「めっきが剥がれる」といった、業界に関わる人間からすると不本意な慣用句さえあるが、実はめっきの真髄はとても奥深い。化学的な面白さとその有用性にまつわる魅力は掘り下げれば掘り下げるほど、出てくる。

なんとなく知っているつもりになっていた、知られざるめっきの力と魅力と面白さ。
新潟県は燕三条地域のめっき加工工場、株式会社高秋化学(たかしゅうかがく)(以下、高秋化学)の工場を覗いてみる。

 

 

 
 

なぜ金属に「めっき」を施す必要があるのか?

私たちが日常的に手に取るさまざまな製品から、普段お目にかからないような機械内部のパーツまで、めっき加工が施されていることは多い。ではそもそも、なぜ金属にめっき加工を施す必要があるのか。金属そのものでは、不十分なのだろうか。

その答えは、めっきが持つ役割にある。

一般的にめっき加工を行う目的は、大きく分けると2種類。ひとつが「装飾めっき」。言葉の通り、製品の見栄えや美しさを増すために施すが、その他にも防錆(ぼうせい)・抗菌作用なども得ることができる。代表例としては、アクセサリーやジュエリーだ。金・銀・銅色など自由自在に色味を補正し、華やかに仕上げる。

そして、もうひとつは「機能めっき」と呼ばれるもの。こちらは装飾めっきとは異なり、金属が持つ本来の能力を引き出し、付加価値を与える。具体的には、耐食性や耐熱性の向上、電気伝導性の向上、ハンダ付けが可能になるなど。冒頭でも話した様に、高秋化学ではJAXAへの納品実績もあり、その技術に対する信頼は厚い。

 

 

ところで、これらの具体的なめっきの加工工程はどの様なものなのだろう?
その多くは私たち一般人には知られていない。めっきの魅力や可能性にすべてを捧げる、めっき一筋90年、燕三条のめっき職人が集う「高秋化学」とは…?

 
 

一口には語れない、盛りだくさんのめっきの世界

高秋化学は1931年の創業以来、90年に渡って金属めっきを中心に事業を展開してきた。そうした歴史を踏まえ、代表の高橋靖之(たかはし・やすゆき)さんからまず、めっき加工の基本的な知識を教えてもらった。

「めっき加工では、素材や付加価値に合わせて加工方法を選びます。まず、基本的な加工には、電気めっきと無電解めっきの2種類があることから説明させてください」

電気めっきでは、高校時代に化学で学ぶ「酸化」や「還元」などが活かされる。

 

 

①電流の流れる液体(めっき液)の中にめっきを施す金属部品を入れ、プラス電極にめっきする金属(例えば、銀めっきであれば銀板)を接続し、マイナス電極に金属部品を接続する。

②溶液内で電気が流れると、プラス電極から金属が溶解し、金属イオンとなり、マイナス電極の部品にプラス電極の金属が析出する。

 

電解めっきの水槽
溶液に電流を流すことでイオンのやりとりを発生させるのが電気めっきだ。

一方で、加工品自体の表面が化学反応を起こす、電気を使わない処理を無電解めっきと呼ぶ。

無電解めっきは、めっきを施す金属部品や樹脂部品の表面に、化学反応を利用してめっき皮膜を析出させる。ただし、加工に適する金属は限られる。それでも、この方法であれば複雑な形状でも均一な膜圧にめっき加工ができるため、電気めっきと並んで重宝されている。無電解めっきの場合は非金属にもめっき加工を施すことができる。表面を粗く加工してできた溝に金属を付着させ、人工的に酸化還元反応を起こすのだ。高秋化学のめっきはこの2種類が基本形だ。

 

 

めっき加工で対応できる金属の数だけ、加工の種類も広がる。大小を含めると非常に多くの加工手段があるとされ、今現在、高秋化学では約15種のめっき加工を扱う。

高秋化学の仕事の対象は、スプーンからロケットまで、実に幅広い。

「めっき加工に関するご依頼は本当にさまざまです。以前であれば、銀食器へのめっき加工がメインのご依頼でしたが、現在はロケットの精密部品へのめっき加工もありますし、個人の方から試作品にめっき加工したいとご連絡をいただくこともあります。

 

 

ときには、コップの内側にだけめっきしたいなんてご相談も。めっき加工のニーズは、人の数だけあるというところです。一人ひとりのご依頼に対して、その時々に応じてお答えすることが何より大切なことなんです」

精密部品のめっき加工が多い高秋化学の工場内。いたるところに大きな水槽が置かれている様子が印象的だ。それぞれの水槽内では電気/無電解めっきの加工が着々と進行している。

 
 

めっきの奥深さは、化学と人間が絡み合うことで生まれる

めっき加工においては水槽の中で行われる為、加工の様子が見えない。不安ではないのだろうか。高橋さんに尋ねると、返ってきたのは意外な答え。

「加工中は実際に何も見えないから様子はわかりません。ただし、それがめっきの面白さでもあります。加工が終わってみると、絶対にうまくいくと思った処理なのに失敗することもあれば、不安ながらに試してみた加工が成功することもあるんです」

不確定要素が多くあるからこそ、探求することに意味が出てくる。

 

 

「めっき加工の基本は、当然化学反応式である程度は示せるものです。それなのに、ときどき溶液や金属がまるで風邪を引いてしまったかのように、うまくいかなくなることがあります。化学式の上では正しいはずなのに、なんらかのエラーが出る。だからこそ、人の手でその原因を紐解いたり、試行錯誤したりする意味があるのがめっきの分野です。めっきに携わる上では、成功も喜びのひとつですが、失敗する原因を解明することも魅力なんです」

失敗の理由は、意外にも「人」ということもある。

「たとえば、めっきを施す際に、加工しない部分にはテープを貼る(マスキングする)工程があります。これはすべて人の手で行なっており、ズボラな方と几帳面な方とを比較すると、質が大きく変わります。ズボラな方のマスキングだと、余計なところまでめっきされたり、逆にめっきが必要な部分にめっきができなかったりすることもあります。

 

 

その他にも、うちでは、最終加工品としてそのままメーカーに納品できるよう研磨作業を自社で行うことがあります。この仕上げの工程は手作業なので、製品の美しさは人の手に委ねられるんです」

 

 

化学の力と手仕事の力。そんな、ゆらぎのある世界が、面白くてたまらないと高橋さんは笑いながら教えてくれた。

 
 

代々受け継がれてきた、先代譲りの破天荒さ

90年近く続く高秋化学の4代目として、めっきに愛を捧げる高秋化学の代表である高橋さん。ここであらためて、めっき工場の生い立ちを高橋さんに伺った。

「高秋化学を開業した初代は、すごく好奇心が強く新しもの好きな人物だったと聞いています。周りの工場が、金属洋食器の生産ばかりに取り組む状態を見て『それなら自分は、これから発展しそうなめっきだ』と、他人とは違う道を歩む決断を早々にしたそうで(笑)」

 

 

そうして、燕で金属洋食器の生産が最盛期を迎えると同時に、製品の完成段階において欠かすことのできないめっきの需要も急増。時流に乗って事業を拡大し、創業初期は片手の指に収まるほどの加工技術しか会得していなかったが、今では市場のニーズに合わせて加工技術の種類も増えた。

順調だった高秋化学のさらなる大きな転換期となったのは、約35年前に受注した衛星部品のめっき加工だ。簡単に引き受けられる仕事ではなかったというが、先代は二つ返事で引き受けた。

「受けた理由はシンプルです。やれると思わなかったけど、好奇心でやる。破天荒ですよね(笑)。たまたま、当社を知っている業者が、ある大手企業から技術力のあるめっき工場を知らないかと訪ねられ、当社を紹介したのがきっかけです」

 

 

この「好奇心が強く、新しいものが好きな」スタンスを、4代目の高橋さんも踏襲している。ものづくりに対する好奇心が、今も昔も高秋化学の基本精神だ。

「僕自身も中学卒業後すぐ、アメリカや中国への留学を経験してさまざまな世界を見ながら育ったんですよね。だから、興味があるならまずは挑戦する姿勢が自然に備わったようにも思います」

 

 

高橋さんが高秋化学4代目就任を決めたのも、留学先でのあるできごとがきっかけだった。

「中国に留学していたとき、少しの間バーテンダーとしてアルバイトをしていたことがありました。そのときに、中国製のカクテルグッズがすごく脆いことに気がついて。地元燕三条ではカクテルグッズの生産も盛んですから、試しに中国に持っていって使ってみたんです。

そしたら、まったく壊れないんです。正直、留学に行くまでは燕三条で作られたものが良品であることに気がついていなかったのですが、海外の現場を見て知ったことがたくさんありました」

7年間の留学期間を終えた高橋さんは帰国後、高秋化学に入社。化学変化で新しい素材ができたり、方程式通りにいかなかったり…。まるで生き物のように変化するめっきの世界の面白さにみるみるうちに魅了された。

 
 

自分たちの手でめっきの未来を切り拓くために

そうは言っても、ものづくりの世界においては中間加工業者である高秋化学。直接的に消費者に製品を届けることはあまりない。めっき加工を施した製品はメーカーや問屋に届けられ、最終製品へと形を変えて出荷される。高橋さんは、そんな現状を課題と捉えている。

 

 

「今の時代、めっきそのものの必要性がだんだんと下がっているんです。というのも、めっきの目的は装飾性と機能性の向上。コストパフォーマンスが意識される今の社会では、コストをカットするために多少の装飾や機能面には目をつむる企業が多いのも現状なのです。中間加工であるめっきの工程を省けば、その分安価に商品を市場に出せますよね」

めっきは金属本来の能力以上の効果を発揮し、見た目も美しく見せることができる。より良い完成品として仕上げるために行うめっき加工の効果は、過小評価されるものではない。

 

三種類のめっき加工が施された製品
「めっきの必要性をもっと知ってもらうことが必要です。そのために、toCを意識した製品づくりに今後挑戦していきたいと思っています。その手始めに、自社製品で2つのアイテムを発売しました」

中でも注目されるのが、めっき技術に応用を重ねた抗菌機能。シンクやお風呂場などの水まわりではカビやぬめりなどが発生しやすいが、めっきを施した商品でそれを未然に防ぐことができる。単なる加工技術ではなく、抗菌作用があることが世間に周知されれば、自ずとめっきの認知も上がるだろうと考えた。

また、新技術を取り入れ、3Dプリンターで製作した樹脂素材へのめっき加工にも着手している。樹脂は、めっきを施すにあたって高い技術力が要される素材だという。他社よりも一足早くめっきが可能になれば、それだけ受注できる仕事の幅も広がると考えている。

 

 

「今までは、メーカーや問屋などから仕事を請けることが当たり前でした。しかし、これからは自分たちで仕事を掴みにいく時代。開発力を高めること、世の中から見つけてもらうことの2点を今まで以上に意識して取り組まなくてはなりません。最近は、自社サイトのSEO対策にも取り組み始めましたので、ひとつずつ注力しながら高秋化学の強みを多くの方に届けていきます」

 
 

これから先も、好奇心で事業を広げていく

めっきの未来を、より明るいものにするために。
高秋化学の挑戦は新たなフェーズに突入する。新時代の高秋化学を推進していくのは、心強い職人たちの存在だ。総勢20名、年齢層は20代〜70代までと幅広い。

彼らの好奇心を大事にしながら、組織を運営すること。それが、今も昔も変わらない高秋化学らしさなのだ。

 

 

「採用基準に、『趣味があること』を掲げているくらい、うちでは働く上での好奇心を大切にしてもらいたいと思っています。楽しめることが多ければ多い分、そこで得た知識や感情を仕事でも活かせると思っているからです」

高秋化学の考える、めっきの魅力を世の中に伝えていくために必要なことは、めっきへの愛だけではないようだ。むしろ、仕事ではない時間から「楽しさ」「面白さ」などを感じられる感受性を求めている。

「ものづくりで言われる “3K(キツい、汚い、危険)”のイメージを払拭したいんです。燕三条でものづくりに関わることは、決して恥ずかしいことなのではなく、誇るべきことなのだと。そのためには、僕たちが燕三条でイキイキと働く姿を見せることが必要だと思っています。

 

 

燕三条には、燕三条でしかできないものづくりがある。それを、これから先も残していきたい。だから、好奇心を忘れず、これからも高秋化学らしくものづくりを行なっていきます」

 

 

めっきの有用性は見た目の装飾だけではないことが十分にお分かりいただけただろう。ただ何かを上に塗るという作業ではない、化学分野における人類の叡智の集合知であり、十二分の付加価値があるのがめっきだ。

高秋化学のめっき加工の未来は、何が起こるかわからない。
彼らは今日も自分の好奇心に忠実に、明日へのはしごを架けようと奮闘している。

 
 

株式会社高秋化学

〒959-1276 新潟県燕市小池3654番地
TEL:0256-62-2623
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