2020.8.7 UP

正確無比で消えない目盛りこそ、日本のものづくりの為せる技。「はかる」を作るシンワ測定

大工がこぞって信頼を寄せるシンワ測定株式会社(以下、シンワ測定)。直尺(ちょくじゃく)*や曲尺(かねじゃく)**といった何かを「はかる」ために欠かせない道具を製造する、新潟県燕三条地域の頼れる会社です。

目盛の正確さはプロのお墨付き。直尺、曲尺のシェアは全国No.1を誇ります。

もともとは同じ商品を製造する3つの小さな町工場が合併したシンワ測定。金属製スケール***が盛んに作られていた新潟県三条市で「もっと規模を拡大していかなければいけない」と危機感を持った渡辺度器製作所と羽生計器、渡誠度器製作所が合併しシンワ測定が生まれたのです。

現在では直尺、曲尺といった測定器だけではなく、温度計や秤(はかり)などさまざまな「はかるもの」に特化した総合メーカーとなり、世界でも高い評価を得ています。

*直尺…まっすぐなものさしのこと
**曲尺(かねじゃく、きょくじゃく、まがりじゃく)…L字型のものさしのこと。「指金(さしがね)」ともいう
***金属製スケール…金属製の、長さを計る道具の総称。直尺・曲尺などを指す

 

 

 
 

このままではいけない。先人たちの思いが繋いだ目盛り技術

シンワ測定は、さまざまな「はかるもの」を扱う総合メーカーです。
国内トップシェアを占める直尺、曲尺をはじめ、5/100mmまで精密に測ることのできるノギス*や水平を測るレベルなど、建築関係の測定器をメインに製造しています。さらに温度計や湿度計、秤(はかり)も扱い、計測全般に特化したものづくりをしています。取り扱う商品数はざっと2,000点以上。測定機器のリーディングカンパニーとして業界を牽引しています。

*ノギス…厚みや球体、穴の直径を正確に測る道具。測定したいものの幅に合わせて、くちばし状のスライダーを動かして測る

 

主に建築現場で用いられる直尺や曲尺は、定規とものさし**の機能を兼ね備えたもの。

 

**定規とものさしの違い…一般的に定規は直線を引き、ものをまっすぐに切るためにあてがわれる道具であり、物差しとは、目盛りのついた長さを測るもののこと。昨今では、目盛付きの定規なども広く出回っていますが、実際は用途と名前がそれぞれ異なる
三条で曲尺が作られたのは、天明期(1781〜1789)だと言われています。しかし、なかなか形にならず、文久期(1861~1864年)に三条阿部家の養子となった藤右ヱ門が会津若松で銅製曲尺製法を習得し、鍛冶町の宗村九助にその技術を教えたことで広く三条に銅製の曲尺が広まりました。

シンワ測定の創業以前には、三条で曲尺の製作をする工場は、のちのシンワ測定となる渡辺度器製作所と羽生計器、渡誠度器製作所を含め、27社程度。自分の工場に足りない部分があることが分かっていたこの3社は「このままやっていてもお互いにつぶし合うだけ」と、協力し合う道を進むことになります。

こうした合併の道を選ぶことは、ここ三条では非常にまれなこと。あまり例のないことながらも、3社がお互いの技術を持ち寄ることは、結果的に良い形となって今に至るのです。

 

 

 
 

2代目が絶対に譲らなかった「正確さ」と「誠実さ」

「曲尺は鉄板を90度のL形に抜いただけじゃないんですよ。見た目のシンプルさとは裏腹に、実は、47もの製造工程があります」

そう教えてくれたシンワ測定の取締役製造部部長である皆木和範さん。

シンワ測定の曲尺は角の部分が厚く、断面を見ると真ん中に窪みが入った形状です。

 

実は細かい仕掛けがたくさん
これらは使い手である大工が、ぴったりと測りたい部分にあてることができるよう曲げて使用するためのつくりでもあります。曲げた状態から反発して真っすぐになるように、弾力があり、あえてしなる作り方をしています。それに、曲尺は90度が命!万が一作業中に落としてしまっても90度が保てるよう、角は他の部分よりも厚めにつくられています。

 

この角部分は強度を保つために肉厚に作られている
大工が使うために最適化された形が、今売っている曲尺なのです。

使い手のことを考えた特徴は、それだけではありません。目盛りが消えにくい耐久性も大きなポイントです。金属を薬品処理し表面に穴あけや彫刻を施すエッチングと呼ばれる技術が耐久性を担保しているのです。廉価な商品は目盛りを単純にプリントしていることが多いので、数回の作業で目盛りが消えてしまうこともあります。

 
 

シンワ測定のものづくりを支えているもの。それは、誠実さ。

国内では操業当初に計測の単位が尺からメートルに変わり、法律で尺を使うことが禁止されていました。日本人に合わせた昔ながらの建築の基準の長さは尺であったため、現場で動く大工はこれに困ってしまいました。そこで巷の工場は、違法だと知りながらも尺の目盛りの曲尺を作っていました。

 

 

しかしその流れに逆らい、シンワ測定はメートルの目盛りを取り入れました。当初は売れず、苦汁を味わいます。しかし、これは2代目であり取締役会長の渡辺勝利さんの「シンワ測定は違法なものを絶対に作らない」という哲学の表れでした。そんな折に、シンワ測定を救う救世主が登場。ラジオパーソナリティや作詞家として活躍する永六輔さんが立ち上がったのです。日本の大工を助けようと、尺貫法を守るキャンペーンを実施。これに共感が集まり、1977年、尺相当目盛りである1/33mが認められました。これによりシンワ測定の曲尺への需要が一気に増えます。ものをつくる身としての誠実な姿勢に、今も多くのファンがついているのでしょう。

 

 

 
 

ホームセンターの一角を担う、シンワ測定ブランド

直尺、曲尺の現場ファンも多く、目盛り付けの技術力もあるシンワ測定がなぜ、ものさし以外の「はかるもの」に目をつけたのでしょうか。その秘密はホームセンターにありました。

もともと地元の問屋に商品を卸していましたが、三条市にホームセンターが上陸したことで、風向きが一気に変わります。なんと、「正確さに定評のあるシンワ測定さんなら」と売り場の一画を任されることになったのです。
自社商品だけでは足りないほどのスペースを任されたシンワ測定は、自社以外の商品でも「はかるもの」であれば仕入れを行うことにしました。仕入れ品に関しても、全ての精度を自社で検査し、品質を保証する印としてシンワ測定のブランド名を入れて販売することで、質の高い他社の測定機器にさらなる付加価値を加えたのです。

 

 

ホームセンターを通して全国にその名を知らしめていったシンワ測定は、その品質の高さから「シンワ測定の自社商品として作れないか」という声をいただくようにまでなります。

金属製のスケールをメインに作っていましたが、自社でつくることができる商品を開発するうちに、商品点数は1,000を超えます。営業所を全国へ展開したり、商品開発を行う新たな部署を設立したりと、社内でも新しい動きが出始めました。

 

 

 
 

継承するのはマニュアルと感覚。シンワ測定の核

燕三条地域の金属製スケールのメーカーは、現在シンワ測定を含め3社程度にまで縮小しています。厳しい時代を淘汰されることなく生き残る秘訣は他の燕三条の町工場と同じ様に、職人の経験による正確なものづくりにあるのでしょうか。

実は逆で、シンワ測定は全ての工程やスキルのマニュアル化を徹底して行ってきたのです。

昭和の時代は職人を囲い込んで、その人の技術が外に流出しないようにするのがセオリーでした。しかしそれでは、その職人が辞めてしまえばその技術を使ったものづくりができなくなってしまいます。最悪、技術そのものが失われてしまう恐れもあるのです。

2代目である勝利さんは技術を次の世代に伝えていきたいという思いで、シンワ測定にものづくりのマニュアル化を義務付けました。どうすれば作業効率が上がるのか、どうすればより良い商品ができるようになるのか。職人の世界で当たり前だった“口で伝える方法ではなくマニュアル化することで、誰でもある一定の品質を保つことができる仕組み”を作ったのです。

 

 

「2代目には今でもまだまだだ、と言われますけどね」と皆木さん(上)と渡辺勇さん(下)
文字だけだと分かりにくいので、実際に工場を覗かせてもらいましょう!

 

機械がずらりと並ぶ工場内(こちらはめっきの現場)

1 塗膜
曲尺を薬品につけます。このとき曲尺は感光*皮膜で覆われます。

*感光…光の照射を受け化学的性質の変化を起こす現象。

 

2 露光
目盛りのフィルムを曲尺の上に置き、光をあてます。フィルムの黒塗りのところには、光があたりません。

 

 

3 現像
現像液に浸します。このとき露光の工程で光の当たった部分だけ、感光します。

 

 

 

4 バーニング
曲尺を炉にいれ焼きます。

 

 

 

5 エッチング
液体を噴霧し金属を溶かします。感光被膜は溶けないため、感光被膜のない目盛り部分が溶けてくぼみます。

 

 

6 感光被膜除去
感光被膜を除去し、洗浄すれば完成です。

 

 

シンワ測定では今となっては、“こんなマニュアルをつくればこういう人が育つ”と大体わかるといいます。
ところが、職人の技術は必ずしも全てを言葉で表すことはできません。目で盗み、耳で違いを感じ、手の感覚に委ねることで技術力を上げていく。シンワ測定でもこうした人の五感に頼る部分は残っています。例えば、曲尺の角度は一本一本目で見てチェックしています。少しでも90度からずれていた場合は叩いて角度を調節します。商品を傷つけないよう絶妙な力加減が必要なこの作業は、熟練工の勘どころが求められることから、一定以上の技術力がなければ担当させてもらえません。

 

 

マニュアルを見ればすぐにできる工程もあれば、訓練しないとできない工程も。シンワ測定は、受け継がれた知識の累積によるマニュアルと、人間の繊細な五感を駆使した合わせ技でものづくりを動かしています。

 
 

市場を生き残り、これまでに培ってきた会社の形

シンワ測定としてのブランドは徐々に確立されてきたとはいえ、知名度が上回るブランドは見渡せば他にもたくさんあります。店舗に並ぶシンワ測定の商品は、他社と比べてなかなか手に取ってもらえないなど、市場争いに苦戦してきました。そこで開発部はモニター調査を行ったり、建築の現場に出向き原因を探ったり、ユーザーへ聞き込みを行ったりと、使い手の声を集めることで、苦境を打破しようとします。
営業部もまた、展示会などを通して取引先に使いにくさなどをヒアリングし、改善を重ねることで少しずつではありますが、売り上げに貢献してきました。

 

レーザー墨だし機製造
ものづくりでは徐々に内製化を進めていたシンワ測定は、より多くの商品をつくるために中国の大連に工場を作ります。日本人の製造スタッフが大連工場へ出向き、直接技術指導をしたため、シンワ測定ブランドの品質は保たれます。これにより価格を抑え、プロだけでなくご家庭にも届く値段設定を実現してきました。

ところが、数年前から徐々に風向きが変わってきています。中国での人件費が高騰しているのです。今までは中国で製造したものを安価に買い取っていましたが、今となっては同じようにはいきません。これからの中国はものづくりをする場所ではなく、ものを売りに行く場所。そう確信したシンワ測定は、考え方を切り替えて、日本の10倍以上もの人口を誇る中国の大規模マーケットに一石を投じようとしています。

 

 

シンワ測定が製造する金属製スケールは中国でも使用されており、目盛もメートル法を採用しているため、わざわざローカライズする必要もありません。大連工場で製造した商品は、そのまま中国市場に流通させることができます。シンワ測定は、新たな市場拡大の準備をしている真っ最中です。

 
 

シンワ測定の考える、これからの時代のはかり

技術の発展とともに、道具のあり方は著しく変化しています。はかり一つとっても、デジタル化が進み、簡単に測れるようになりました。シンワ測定が感じる、時代の大きな変化のひとつが建築業界の変化です。住空間の多様化が進み、建築の方法も昔とは大きく変化したことから、今ではシンワ測定の主力商品である曲尺を使う大工も少なくなっています。シンワ測定は、どのように時代の変化を捉えているのでしょうか。

DIYが浸透している昨今、素人が建築用品を手にする機会も増えています。そのときに誰もが簡単に使える商品づくりに力を入れていきたい。そうした狙いから、新たに農業分野の製品開発にも着手しています。

 

 

農業は温度、湿度や照度に糖度など多種多様の「はかる」機会が圧倒的に多い分野です。最近では、はかる技術も急速に発達し、遠隔でも簡単にはかることができる様になりました。しかし比例するのがその最新のはかる技術に対して投じる金額。まだまだ一部の農家しか手に入れることができないほど高価なのです。

高度な技術力で業界トップを疾走するより、手に入りやすい金額のはかりを供給することができたら。お客様の困りごとに応えられるメーカーでありたいと考えています。

 

 

シンワ測定のロゴにはこんな文字があります。
“Work Together”
働く人が使う道具を、シンワ測定は作っています。プロでもそうではなくても、シンワ測定の商品とともにある。働く人と一緒にありたい。そんな思いが込められています。

人々のくらしがより進化していくために、時代のニーズに合った「はかるもの」を作ること。シンワ測定の商品開発は、人がなにかを「はかり」続ける限り、その歩みを止めません。

身近にある「はかる」を全ての人のために。
これからも技術と人とを結ぶ数字や基準づくりの一端を担い続けます。

 
参考文献
三条「曲尺」の歴史

 

 
 

シンワ測定株式会社 

〒955-8577 新潟県三条市興野3-18-21
TEL:0256-34-1412
FAX:0256-31-1134
https://www.shinwasokutei.co.jp/