2020.9.18 UP

何者でもない“三代目”が生み出したプロダクト。なぜ、中間加工の工場がブランドを立ち上げるのか?株式会社テーエム

株式会社テーエムは金属の染色技術のひとつ「黒染め技術」を強みとする企業だ。分業の街・燕三条の中で、黒染め技術のプロフェッショナルとして独自の地位を築いてきた。

ところが、代表の渡辺竜海(わたなべ・たつみ)さんは、中間加工業者のポジションから「メーカー」へと立ち位置を転換することを決意。テーブルウェアのオリジナルブランド「96(KURO)」を、2018年11月に立ち上げた。

「何者でもなかった」と自身の過去を振り返る渡辺さんは、なぜ、挑戦を決意したのか。彼の想いとブランド立ち上げの軌跡を追いかけた。

 
 

黒染め技術を惜しみなく使用して生まれた「96(KURO)」

2018年秋に、燕三条で産声を上げたテーブルウェアブランド「96(KURO)」。マットな黒色に、ほんの少しの群青色が混ざったような色味のテーブルウェアで、落ち着いた質感が特徴だ。

 

96のプレート。独特のマット感がある
大皿、丸皿などもあれば、フォークやスプーンなどのカトラリーまで幅広く揃う。ラインナップは、依然拡大中だ。

 

 

燕三条が強みとする金属加工の業を駆使し、ステンレス製のテーブルウェアを製造。その後、テーエムで黒染め加工を施し「96」として販売している。

陶器とは異なり、ステンレス製のテーブルウェアは割れない。その上、黒染めは金属を錆びにくくさせることから、「96」の製品はテーブルウェアが抱えがちな心配事を全て解消している。さらに言うと、黒いテーブルウェアは食材の色をより印象的に引き立てる効果もある。

 

 

「サラダ、パスタ、ハンバーグなど、どんな料理や食材を置いても、色鮮やかに、おいしそうに感じさせる。それが『96』のテーブルウェアの強みであり特徴です」と、渡辺さん。

 
 

「何者でもなかった」僕が、今燕三条にいる

テーエムのブランド「96」の産みの親である代表の渡辺さん。42歳の若さで、テーエムの三代目として事業を牽引する経営者だが、過去を遡ると多くの苦悩に苛まれてきた。

 

渡辺竜海さん。真摯に取材に対応してくれた
自身の過去を振り返り、「何者かになりたかったんですよね」と、穏やかに笑いながら語ってくれた。

「幼い頃から、家業では代々黒染めを行なっていました。ものづくりの家に生まれた自覚はあった。でも、事業を継ごうと考えていたわけではないんです。まあ、反対に絶対に継ぐもんか、と思っていたわけでもないのですけれど」

反抗心もなければ、従順なわけでもない。それは、渡辺さん自身が「本当にやりたいこと」に出会っていなかったことが理由かもしれない。自分探しの旅は、22歳まで続いたと語る。

「小、中、高、そして専門学校。すべて新潟県内の学校に通っていました。音楽の専門学校を選んで進学したのですが、それもとくに深い意味はなくて。音楽やっているってなんとなく格好良いし、何者かになれそうだなって(笑)。安直ですよね。

でも、見つからなかった。情熱を注げるわけではなかったし、一生かけてやりたいことだ、と思えたわけでもないんです。だから、専門学校を卒業したタイミングで、一度上京しました。自分らしい生き方は、東京でアルバイトを続けながら生きてみたら見えるかもしれないと思ったから。

 

 

……でも、やっぱり見つからなかった。

もちろん、今考えると当たり前なんですけれどね。東京に出るだけで、自分らしさが見つかるなんて迷信のようなことです。そうして、ふと気がついたら22歳になっていました」

地元に戻ってくることを決めたのは、二代目である父の言葉があったからだった。東京で暮らす息子に何気なくかけた「この先どう考えているんだ?」の言葉は、渡辺さんにとって実家の事業を継ぐことを勧めていたように聞こえた。

「当時、父がどんな想いでその言葉を言ったのかはわかりません。でも、当時の僕には『事業を継いだら?』と脳内変換されたんです。そこで、一度戻ってみようかなと、三条に帰ってきました」

帰郷後、テーエムで黒染めに携わるようになり、渡辺さんは驚いた。ものづくりは、幼い頃に想像していたものよりずっと奥深くのめり込めるものだったから。

ちょっとした条件の変化で左右される染色具合も、決まりきったノウハウがなかなか見つからない難しさも、渡辺さんにとっては全てが“楽しさ”だった。

 
 

被膜処理と黒染めのプロフェッショナル“テーエム”

テーエムの加工工場に足を踏み入れると、随分とシンプルな造りであることに驚く。少し大きめの水槽がいくつか並んでいるのが見えた。また、モワっとした蒸し暑さが、身体全体を覆った。

 

工房内に並ぶ水槽。これらに溶液が入っていて日中は湯気が立ち込める
被膜処理加工は、数多くの行程を経て行うものではなく、金属を染色液とお湯とに、交互に浸けるのが基本だ。

 

クレーンで吊し上げて製品を次々と浸けていく
「工場内に並んでいる水槽には、染色液とお湯が交互に入れられています。一度に大量の金属を浸けるので、持ち上げたり運んだりするのは、専用の小型クレーンで。染色液に浸けて、持ち上げて運んで、お湯に浸けて洗浄して。それを繰り返しています」

被膜処理加工や黒染め加工は、表面に色を付けるわけではなく、化学反応によって金属の表面を別の物質に変える加工法だ。染色液の塩梅や、漬ける時間など、細かな条件によって化学変化の具合が大きく異なってしまう。染色液も、専門業者の方と相談しながら加工にぴったりのものへと細かくブレンドしている。

 

 

また、染色液はほとんど黒色の液体だ。加工中の製品の様子は見えることもないし、化学変化が完了した合図をくれる訳でもない。加工する製品や金属の種類などに合わせて、職人が染色液に浸ける時間を決めている。テーエムの技術力は、このアナログ状況下での「絶妙な塩梅」が作り上げていると言ってもいいだろう。

「変数は、染色液の温度・濃度、そして浸ける時間の三要素です。これの、いずれかひとつでも異なってしまうと、加工の結果は大きく異なってきます。140℃前後の液体で加工しているのですが、夏と冬などの気候の変化でも加工の具合が変わってしまうんです。だから、工場内はこれだけ暑いんですけれどね」

そう言うと、渡辺さんはタオルで汗を拭いながらニコリと笑った。

 

 

テーエムでは、現在、鉄・ステンレスの2種類の金属加工依頼を請け負っている。

創業当初は鉄の加工に特化していたが、時代の変化に伴ってステンレスの加工ニーズも増加。「同じ金属なら加工もできるはず」と安易に考え、ステンレスの表面処理加工や黒染め加工に挑戦した。

このステンレス加工も、始めは成功の兆しが全く見えなかった。

「初めての挑戦から、本格的に依頼をお請けできるようになるまで、1年半ほどの時間を要しました。これまでの経験やノウハウを基に、何度染色してもいっこうに染まる気配すらなくて。

日々、小さな変化を付けながら試して、試して……と繰り返していたら、あるときやっと成功したんですよね。あのときの粘り強さは、今のテーエムの素地になっているなと感じます」

やろうと決めても簡単にできるわけではなかったステンレスの黒染め。それが今のテーエムが持つ武器だ。そして、その技術力を結集して開発に取り組んだのが、冒頭で取り上げたオリジナルブランド「96」である。

 

 

 
 

ブランド価値と手軽さのバランスに悩んだ「96」の誕生秘話

テーエムを生み出した初代、鉄からステンレスへと技術力の裾野を広げた二代目。

そして、三代目の渡辺さんはテーエムを今まで以上に牽引する人間として、新たなブランドを立ち上げ、テーエムの技術力を外部へ発信していきたいと考えた。ステンレスの黒染めは、競合他社の少ない技術である上に、機能的にも優れた点が多い。また、人体に影響のある物質を使用していないため、人の身体に害も及ばない。

 

 

今までは中間加工業として、メーカーと他企業との中間プロセスを担うことが多かったが、「テーエム」の名で届けられる自社製品があることで技術力が多くの人に知られることに繋がるのではないか。そう考えたのがきっかけだ。

「ブランドの立ち上げなんて、考えついたは良いものの未知の挑戦です。右も左もわからないままに、とりあえず近くで開催されていた商品開発に関する講座やセミナーなどを受講するもさっぱりで……。

そんなとき、中川政七商店が『コト・ミチ人材育成スクール 第1期』という、半年間に渡るブランディングや商品の企画・開発講座を行うことを知ったんです。しかも、三条で。参加するしかない、と即座に思い受講しました」

「ただ、講座の内容は、正直なかなか難しくてね……」と、はにかむようにして渡辺さんは続ける。

 

 

転機は、もともと同郷で知り合いだったデザイナーに「コト・ミチ人材育成スクール 第1期」を受講した、と話したときに訪れた。

「彼も、第2期の同じ講座を受講していたんです。プロダクトデザイナーとして仕事を請けていたわけではないそうなのですが、僕自身が彼と話すことが好きで、その上同じ講座からインスピレーションを受けている。直感で『タッグを組みたい』と感じたんですよね」

そうして、パートナーとなったふたりの手探りの商品開発が始まった。

一番こだわったのは、燕三条の地で生み出すブランドだからこそ、燕三条の地になにかを還元すること。そのために、燕三条の工場でもう使われていない金型を集めた。

「シリーズ使いを意識するならば、形状の揃った製品をゼロから設計するのが普通でしょう。でも洋食器の街には、これまで使われていたはずの金型がたくさん眠っている。その資源を再利用したいと考えたんです」

一番悩んだのは、製品の値付け。未経験なだけではなく、妥当な商品価値を設定するため、しばらく頭を抱えた。

 

 

「ブランドとしての価値を下げるわけにはいかない。でも、気軽に手に取ってもらえるような製品にしたい。正しい答えはないんです。自分たちが何を大切にするのか、が決断のポイントですからね。

『96』だから選ばれる製品を届けたいし、買ってもらいたいし、使ってもらいたい。そうして、今の販売価格を決めました。一番の目標が、黒染めの技術をひとりでも多くの人に届けることなので、質と価格のバランスには妥協をしませんでした」

 
 

toBだって個人。だから、一人ひとりに届けるつもりで作り続ける

「96」のラインナップを、家庭用のテーブルウェアに厳選した理由は2点ある。ひとつは、燕三条という洋食器の街に還元できるプロダクトを作りたいと思ったから。

 

工場の祭典時はライブ会場としても使われるテーエムの工場
もうひとつは、黒染めの技術を広く届けるためには、一般消費者の目に触れる機会の多い製品を作るのが一番だと思ったからだと渡辺さんは話す。

「黒染めの技術が知れ渡れば、その中に事業者の方がきっといると思っています。僕らの技術を知って、黒染めで新しいご依頼をいただくことがあるかもしれない。そして、その延長線上に、多くの消費者の方がいらっしゃるんです。toBの中のtoCという気持ちで、一人ひとりに愛される“黒染め”を実現していきたいですね」

 

若手が中心の現場
ブランドの立ち上げから、早1年以上が経過した。お皿のみだった製品は、フォークやスプーンなどのカトラリーにまで展開している。今後は商品数の増加や、海外展開によるブランドの規模拡大に注力していく方針だ。

「『96』の立ち上げは、中間加工業者だったテーエムが長く生き続けるために考えた生存戦略のひとつでしかありません。ですから、今後の流れによっては、新しい事業を立ち上げることもあるかもしれない。

でもまずは、多くを考えずに突き進んでいきます。僕らは、あえて一点突破を選びます。競合他社の少ない技術“黒染め”を用いたテーブルウェア『96』。それをひとりでも多くの方に知ってもらうことだけに、今は夢中なんです」

 

 

何者でもなかった20代の自分。何者かになりたかった20代の自分。その狭間で悩み続けていた当時の自分を、渡辺さんは「若かったんですよね、ハハハ」と穏やかに振り返る。

渡辺さんは、昔から強い思いを持って邁進できる性格だったわけではないだろう。でも、守りたいと思うものが、広めたいと思うものがそばにあるから頑張れる。辛くても、うまくいかなくても、絶対に諦めたくないと思える。

では、一体なにが変わったのだろうか。

昔との違いは、ほんの小さなものでも自分の中に「夢」を抱けたことのように見えた。手触りのある夢は、たしかに彼を強くしているような気がした。

きっと渡辺さんはこれからも夢を追いかける。
「96」を、黒染めを、ものづくりを日本中世界中に広めるために。

 
 

株式会社 テーエム 

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96(KURO)
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