伝統工芸から枝分かれした職人の行き着く先。鎚起銅器の技術を活かし次の未来へ ー鍛工舎ー
渡邉和也さん(以下、渡邉さん)は玉川堂で修行を積んだ後に独立、自らの腕一本で新たな鎚起銅器の可能性を模索してきたひとり。一般の人が日常生活で鎚起銅器に触れる機会を増やすために、新たな施設の立ち上げを計画しています。
鎚起銅器の技術屋としてのみならず、鍛工舎(たんこうしゃ)の屋号で自ら伝統工芸と社会の橋渡し役として試行錯誤する彼の職人人生を振り返りながら、今までの歩みとこれからについてお話を聞いてきました。
鍛金を知り、「叩く」の面白さを知る
鍛金の世界を知るにつれてその面白さに気付き、次第に他の誰よりも鍛金に向き合う時間は長くなっていきました。
入社した玉川堂で一心不乱に金槌を振り続ける
「玉川堂で最初に叩かせてもらったのは、ぐい呑。自分ではできると思ってやったものの、思った以上に何もできませんでした。先輩の物を並べると、いたたまれなくなる思いでした」
思い通りにできないやるせなさも、練習して上達するしかありません。朝も夜も誰よりもひたすら続けました。次第に少しずつ、「できた」と思う作品が増え、「足を引っ張っている感覚」は薄らぐようになったそうです。技術力勝負の職人の世界ではそう簡単に一人前にはなれないのです。
叩くだけじゃなく、企画から商品づくりに携わりたい
「3年間必死に叩き続けてきましたが、次第に商品を求めてくださる方々と打ち合わせをしたり、面白い商品を一緒に考えて作っていきたいという気持ちが出てくるようになったんです。もし玉川堂に10年いたら、さらに叩けるようになり、そんな自分が抜けてしまうと会社に迷惑もかかる。そうなる前に5年で辞めようと思いました」
従来ある商品を販売するのではなく、依頼を請け負う技術屋へ
鎚起銅器はもともと自社のブランド商品で作る物が決まっていて、それを商品として販売する業界。一方で、企業の製品に鎚起銅器などの伝統産業を取り入れたいと考える会社も多くいたところに目をつけ、いわば鎚起銅器のOEM製品をつくるようになっていきました。
転機到来。日本の若き匠が新しいモノをつくるプロジェクトに参画
企業とのやりとりでは、自分の価値観と相手の価値観にずれがある場合がほとんどで、自分の価値観を認めてもらうためには「自分がつくる意味」までを明確に言葉で伝える必要があると感じました。同時に、「なんのために自分は鎚起銅器を作っているのか」と考えたときに、「もっと一般の人に鎚起銅器を体感して欲しい」と思うようになったのです。
取り組んだのは、もともと構想していたお湯を沸かすことができる銅製の『白湯の釜』。底は電磁誘導加熱(IH)にも対応でき、細かなパーツはユーザーが自由に選択可能な、現代のライフスタイルに寄り添うものです。
昔は伝統工芸品に限らず、質が良ければ売れた時代。しかし、今はそれだけでは売り上げは伸びていきません。現代の生活に即した商品を、いかに一般の方にも理解しやすく伝えられるか。時代が求める商品は刻一刻と変わってきているのです。
今回の商品は技術面でも伝統的な技法とは異なるアプローチを取り入れています。鎚起銅器ではあまり使われない溶接技術です。これも渡邉さんがOEM製品で「だいたい何でもやります」と企業の需要に柔軟に応えてきたからこそ生まれた発想でした。
「こうした考えに至ったのは、小山薫堂さんのおかげ。『その製品は誰のためにあるのか』を問われました。このプロジェクトに参加し、少しずつ考え始めていた思いを肉付けできるようになりました」
鎚起銅器を体感できる施設を開設し、一般の方の暮らしへ浸透させる
「工程ごとに部屋を分けて職人の姿を見られるようにする工場や、『白湯の釜』で沸かした白湯やコーヒーを飲んだりと、一般の人が鎚起銅器を体感できる施設を開設できればと考えています。具体的に使用シーンを見せながら提案できる施設は今まであまりありませんでした。鎚起銅器は自分で使ってはじめてその良さが分かるもの。その良さを実感してもらった上で、自分の生活に当てはめて考えて欲しいですね」
「工場見学などで銅器を見るだけで終わるのではなく、銅器でお湯を沸かしてコーヒーを淹れたら『美味しい!』と感じることで、ようやく本当に体感してもらうことができます。しかも銅のやかんを使うことは貧血の予防など健康面でも利点があります。抹茶や珈琲などの口に入れるものほど違いが分かりやすいので、直に銅器の良さが伝わるはずです。具体的に生活のシーンで提案できるような場をつくっていければと思います」
「青菜や枝豆を茹でたり、お米を炊けるような鍋や釜を作りたい」
今以上に生活に寄り添いながら、現代にフィットした商品をつくっていきたいという渡邉さんの思いが感じられます。
一方で、従来の鎚起銅器の売り方にも疑問を抱くようになっていました。
「今までの鎚起銅器は、作り手の事情を十分に伝えることなく、一方的に価値を買い手に押し付けている印象でした。だからこそ、うちは買い手がちゃんと納得して購入できるように、鎚起銅器にかかる手間や価値を具体的な言葉にして伝えていきたい。怠らずに続けていきたいと思っています」
OEMの鎚起銅器の生産で企業を相手にしたからこそ、言語化の重要性を認識しました。職人としての枠を飛び越えて、主体的に顧客とコミュニケーションを取りながら製品づくりへと関わるデザイナーのようなあり方へ。
そして今度は、toBからtoCへ。企業が提供する非日常の空間から、一般の人の日常の中へと鎚起銅器を浸透させることで、今まで以上に文化として日本に根付いていくのではないでしょうか。
今日も伝統工芸の新たな航路へ向かい漕ぎ始めた渡邉さんの挑戦は続いています。
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