2021.11.15 UP

担い手が少ない研磨屋で、若い職人へ未来を託す

金属加工と聞いて思い出されるのは、美しい光沢のカトラリーやボウルなどの金属製品ではないだろうか。

だが、素材そのままでは光沢は現れない。職人が丹精込めて“磨く”からこそ、美しく輝くのだ。

金属加工の得意な燕三条地域でも表面への研磨加工*を得意とするのが、新潟県燕市。その研磨技術は国内外問わず、高く評価されてきた。

* 研磨加工・・・素地表面仕上げによく用いられる加工方法で、研磨材を製品に当てる事で製品表面のデコボコや異物を取り除き、模様付けなどをする工法。


しかし、近年は類に漏れず職人の高齢化が問題となっている。若い職人がなかなか入ってこず、研磨業を始め製造業界全体として先細りが心配されているのだ。

そんな現状を変えたいと立ち上がったのが、株式会社SPI(以下、SPI)代表取締役の更科伸悟さん。研磨屋といえば製品の”素材”や”形状”に応じて専業化されていたが、その通例を崩し、どんな素材・どんな形状の磨きでも「No」の答えは出さずに請け負ってきた。

 

 
 

磨きの人材育成に取り組む「SPI」

SPIの創業は平成27年と比較的新しい会社で、若い未経験者を積極的に採用している。現在いる職人は全員20~30代と、高齢化が進む燕市の研磨屋の中で異色の企業だ。

 

 

SPIの特徴は人材だけではない。燕市の研磨の町工場は、小さな工場でも効率よく生産するため鉄なら鉄、曲面なら曲面と、素材や形状によって、専業化されていた。しかし、SPIは鉄や銅などの金属だけでなく、アクリル樹脂などの幅広い素材にも対応できる。また、形状や大きさも、2mm程度の部品から180cmの板やタンクまで、幅広く研磨している。

専業が多い燕の研磨職人のなかで、どんな研磨でも請け負うのは、なぜか。その理由に迫った。

 

 
 

顧客からの要望が、できる幅を広げてくれた

研磨屋の長男として生まれた更科さん。一度は福祉施設に就職したが「やっぱり磨きの仕事がしたい」「自分で商売を始めたい」と父親に入社を志願。研磨職人としての道を歩むこととなった。

しかし、入社から2年半経ったころ、リーマンショックが発生。製造業は大打撃を受けた。このとき、父親から「いずれ自分で商売をするんだから、自分でやってみろ」と言われ、独立することに。更科さんが当時担当していた4社を預かり、自身の屋号”SPI”で仕事を請け負うこととなった。

 

 

「最初はどうやって収益を上げるかばかり考えていました。始めてからの半年は特に厳しくて、夜はアルバイトに行って日銭を稼いで。でも、次第に最初から付き合いのある会社から、新しい仕事をお願いしたいと相談を受けるようになって少しずつ取引先が増えていったんです」

更科さんの親世代の研磨屋は、前述の通り、扱う素材や形状によって専業していた。素材で例えるなら、鉄と銅では異なる研磨屋に仕事を依頼するのであった。しかし、更科さんは「それでは研磨屋として生きていけないから」と研磨なら素材・形状でも請けるように。お客さんから「これできる?」と聞かれたら、経験がなくても「できる」しか言わないようにした。とにかく、断らずに何とか間に合わせる。こうしてお客さんの要望に応え、経験を積んでいくうちに、仕事の幅が少しずつ広がっていった。

 

 

なぜ更科さんのもとには依頼が集まるのだろうか。
色々と理由はあるが、ひとつは取引先も若手が増えていることが要因ではないかと更科さんはいう。

「取引先の担当者に若い人が多いんですよね。研磨屋って年配の方が多いから。裏を返せば、そういう人に頼みにくいっていうのもあるんじゃないですか」

更科さんは普段仕事をしていて、若い人とやりとりする頻度が増えたと感じることが多いそうだ。この地域の製造業界全体で少しずつ世代交代の波がすぐそこまで来ていることの表れなのかもしれない。

 
 

「磨きの仕事が伝わっていない」今も抱える人材育成の苦労

 

 

研磨職人の定着の面で考えると、なかなかうまくいかない現状がある。量産の大きな仕事の話が来て、まだ正式には決まっていないタイミングから新人を雇用。しかも、経験者ではなく、未経験者を採用していたのだという。

「若い人に手に職をつけさせてあげたいなって。あとは、単純に素人に磨きを学んでもらうのも面白そうだなと思ったんです」

SPIという名前にしたのも、求人を出したときに未経験者に「この会社、何屋さんなんだろう?」と思ってもらうため。社名に「○○研磨」と研磨を付ければ何屋かわかるが、SPIだけではわからない。「ちょっと気になる」の引っ掛かりをつけたいと、Sarashina Polishing Industry(更科研磨工業)の頭文字から名付けたそうだ。

 

 

ただ、未経験で新人が入ってきても、SPIでは毎日同じ素材や形状で同じ研磨をするわけではない。昨日研磨した素材と、今日研磨する素材が違うことも多い。そうすると、すぐに技術力を上げることは難しい。
加えて、せっかく面接をして雇っても、なかなか長続きしないこともある。5年の経験を積んでも他業種に転職する人がいたり、長年続けられない原因は何だろうかと悩む。若い職人にも10年、20年と続けてもらうためには、どのような仕組みを作っていけばよいのか。今後の課題だという。

 
 

できる工程を増やすことで、若手職人に誇りを

 

 

若い職人に長く続けてもらうために、まずは給料をあげられるよう他工程も合わせて受注できる体制を作ろうと動き出している。

「研磨だけの工賃だと、稼げる金額は頭打ちになってしまう。だからこそ、溶接とか検品とか、他の工程もまとめて仕事を取れないかなと思って。そしたら、できる幅が広がるから、自社製品だって作れるじゃないですか。実は、今いるスタッフで自社製品を作りたいと言っている人がいるんです。色んなことができる会社になれば、若い子も入ってくるんじゃないかなと思っています」

部品研磨の工程だけをやっていると、エンドユーザーの顔が思い浮かばないことがある。しかし、自社製品でも、タンブラーや写真立て、時計などOEMの商品でも、お店に並ぶ商品に携わることで、最終的に手にする人の顔を想像しながら作業ができるようになる。こうした仕事を増やすことで、若い研磨職人の誇りに繋がるはずだと更科さんは複数工程の受注や自社製品の開発に取り組む。研磨を主軸に製造業界全体を考え、試行錯誤を続ける更科さん。実は、「SPI」という社名も、あえて”研磨”と付けず、技術に縛られないという思いからも来ている。

 

 

今後、更科さんが目標とするのはは、会社の基盤を安定させ、1年に1人の雇用を生み出し続けること。そして、若い研磨職人を増やし技術を継承すること。

現在、燕市でも高齢を理由に廃業する研磨屋も多い。すると、ひとつの工程がすっぽり抜け落ちて、その工程だけ県外に回さなければいけないこともある。こうした抜け落ちた工程をSPIで担えるようにまずは職人の数を揃えたいのだという。

研磨の工程は表に出ることはない。それでも、研磨をしなければ金属の美しい光沢は現れないのだ。燕市の高い研磨技術を次世代へ繋ぎ、製造業界の明るい未来をつくるため、今日も更科さんの試行錯誤は続く。

 

 

株式会社SPI

〒959-1226 新潟県燕市小牧277番地3
TEL:0256-63-2762
FAX:0256-63-5080
https://spi-tsubame.jp/