燕三条の高水準な「当たり前」を再認識させられた技術力 三条工具株式会社
今回訪れた、三条工具株式会社(以下、三条工具)はこの地に数ある小さな工場のひとつ。そこには、ひたむきに技術の精度や品質を追求するプロフェッショナルな職人たちが揃う。
“精密板金”と呼ばれる、高度な金属加工技術を得意とする三条工具。その技術力の源泉を紐解いていきたい。
精密さがなによりもの強み
取り付けや組み立てが後の工程で発生してくるため、鉄骨や金属板などを加工する等の通常の板金と比べると、コンマミリ単位での調整と加工を必要とする。精密板金加工は、厨房などの業務用機器や医療器具などの成形にもよく用いられる。
先述の通り、燕三条エリアには金属加工に特化した工場がいくつも存在するが、中でも“精密さ”を強みにものづくりと向き合う工場が、今回訪れた三条工具だ。
「僕たちはただ、当たり前のことを当たり前にやっているだけなんです」。代表取締役の板垣晃平さん(以下、板垣さん)はそう話す。工場に足を踏み入れてみると、その当たり前のレベルが非常に高いものだということが分かる。
“精密さ”が三条工具の武器となるまで
「昔からこのまちでは金属加工に従事している人が多くて。うちでも当時は需要のあった大工道具に使用する金属の加工を担っていました。大工道具という工具を主に作っていたことが社名の由来になっているくらいです。ところが、大工道具の需要が少しずつ減ってしまったことに加えて、日用品や医療品などの依頼をもらうことが増えたんですね。僕が幼い頃には、大工道具よりも日用品などの生産がメインになっていました」
創業者である板垣さんの祖父、それから父にあたる二代目。その二人は、周囲からの相談や期待にとにかく応えてきたそうだ。「時代の変化と共に需要が変化するのなら、それに柔軟に対応する。」それが、三代に渡る三条工具としてのアイデンティティだ。
「受け継いできた考えがそういうものだったので、僕自身もつくりたい・つくりたくないではなく、求められているのか・そうでないかで判断をして受注をしてきました。それゆえに、ここでは何か特定の加工に絞るようなことはしていません。今では比較的どういったオーダーでも対応できるような技術が全体として身に付いているように思います」
現在、三条工具で特に多いオーダーは、半製品と呼ばれる、製品を組み立てる前段階のパーツ部分の成形だ。小さなゆがみが後の工程での大きなゆがみ、ひいては不良品に繋がってしまうので、とても神経を使う工程だ。
だが、三条工具では、長年に渡り周囲のものづくりの期待に応えてきたことで高水準の技術を維持できるようになっており、それが会社としての強みに直結している。
プレスも曲げも、小ロットでも。依頼を全て受け入れるスタイル
「必要な素材がステンレス以外のこともあります。金属によって特徴が異なるので、はじめは取り扱いにも苦労したものです。何度も何度も試作を重ねることで、一つひとつの金属の扱い方が肌に馴染んでくるので、今はもう加工が難しいとは思わないようになりました」
加工の種類もプレスや曲げ加工から溶接までと多岐に渡る。この幅広い加工技術は、多くの会社が三条工具を頼ることによって培われてきたものだ。中でも特に三条工具の得意技のようなものはあるのだろうか?
「タレパン(タレットパンチプレス)加工ではないでしょうか。この加工は穴あけパンチで紙に穴を開ける要領で、金属板に穴を開ける加工の一種です。板厚2.0mm程度までであれば、同時に同サイズの複数部品を加工できるのが特徴。ロットが大きな依頼の場合は、こういった機械を用いて加工することもあります」
その他、ベンダー機と呼ばれる板材を曲げる加工機を用いた曲げ加工では、角度を細かく調整することで精密な加工を行う。場合によっては溶接まで対応することもある。いずれの加工にしても、目や耳で感じながら金属と向き合う丁寧な仕事が求められている。
その上、三条工具では現在100〜300点程度の受注にも対応している。ロットが小さくなれば機械を用いての大量加工が難しくなったり、機械を製品に合わせて設定しなおさなければならなかったりと、手間が多く嫌がる工場も少なくない。そもそも小ロットでの生産は請け負わない工場もあるだろう。
「もちろん、小ロットを良しとすれば私たちにとってはデメリットもあると思います。ですが、私たちはなるべく依頼してくれる人のニーズに応えたいと思っています。そのためには、ある意味ではなんでも屋のようにどんな依頼にも柔軟に対応する心構えがやはり必要だと思っています」
あらゆる素材、あらゆる加工、あらゆるロットに対して、まず「無理」と言わない。その上で、どうやったら実現できるかを考える。その姿勢によって依頼主から信頼され、仕事を獲得してきた。また、細やかなオーダーに対しても繊細な仕事を一つひとつ続ける職人がいることも、三条工具の強みなのだろう。
持ち場制によって伝承する、卓越した技術力
そのスタイルを取り入れて技術を得たという取締役部長の五十嵐さん。持ち場制だったからこそ、技術力の衰えを感じることなく働き続けられているのだと教えてくれた。
「職人仕事は、一日サボるとその感覚が三日分ほど鈍ることもあると言われている、非常にシビアな世界です。実際に、僕自身も働いている中で工場に立たない日があると、たった数日でも感覚の衰えを実感していました。一つの加工のみに特化して学ぶことで、作業感覚が徹底的に身体へ染み付くようになるんです」
現在、三条工具で働く職人の年齢層は、65歳以上が4名、40代が3名、30代以下が3名。高齢の職人が多く若手の職人が少ないこの業界では、下の世代にどう技術を伝承するのかも課題視されている。そういった解決策の一つとして、三条工具では金属加工を「感覚」から身に着けてもらう体制を取っているのだ。
これからの時代を担う若い職人たちが、正しい技術を高い品質で保ち続けること。それが、未来の三条工具にとってなにより大切な財産になる。
三条工具の普遍的な「当たり前」をこの先もずっと
───三条工具の強みとはなんだろうか?改めて聞いてみた。
「うーん…それはどうなんでしょうね…」と謙遜しながらも、板垣さんの表情には自信が溢れていた。
燕三条には、たゆまぬ努力を日々続けてきたことで、世界に誇る技術力を持ち得た工場が多く存在する。けれどみな口を揃て、その強みを「当たり前のことだから」と話す。
類まれなる土地が持つ、強くて揺るがないものづくりの価値。それは本来、もっと評価されるべき人々で、もっと誇るべき技術なのだ。
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