手仕事の価値を残すために 火造りのうちやま
そんな時代の中でも、手仕事の価値を信じ続ける一人の職人と出会った。古来から日本の寺社仏閣等で使われ、現代でも文化財修復に使われる「和釘(わくぎ)」づくりに携わる、火造りのうちやまの内山立哉さん(以下、内山さん)だ。鍛造で一本一本、丁寧に仕上げる和釘は、工業製品には見られない美しさを放つ。
職人の勘や経験を頼りに成長してきた日本のものづくり。その価値を信じ、追い求める職人の姿を取材した。
燕三条の金属加工の歴史は“和釘づくり”から始まった
現代の日常生活の中ではそうそう見かけることがないが、そもそも「和釘」とは、日本で生まれた釘のこと。日本建築には和釘が常に使われてきた。今日の日本で一般的に「釘」と呼ばれているのは、明治時代にヨーロッパから輸入された形状のもので、それまでの日本では、釘とは和釘のことを指していた。
日本の歴史的建造物の保存に欠かせない存在のひとつが和釘なのだ。そして、内山さんはその重要な役割を担う和釘を、当時と同様に一本一本鍛造による手仕事で作り続けている。
現代でも、和釘の存在には高い価値がある
和釘の面白さの一つは、その加工の自由度にもある。職人の腕次第でどんな形状の釘でも作ることができる。さらに、鉄の釘ならではの特徴もある。
「たとえば、洋釘の素材はステンレスであることが多く、経年変化による錆びがほとんど発生しません。その点、鉄は表面こそ錆びるものの、鍛造で鍛えることで中心部まで広がりにくい錆ができるのです」
「和釘は今でも、重要文化財の修復で欠かせない役割を担っています。生産量が減ってしまっても技術伝承が続いているのは、日本にとって和釘が必要不可欠な存在だからなんですね。うちでは、三重県の伊勢神宮や、神奈川県のMOA美術館などに使われている和釘をつくらせてもらったことがあります」
さらに、北は青森から南は鹿児島まで、内山さんが和釘の生産を担当した建造物は国内で多岐に渡る。私たちが気づかない内に、私たちは内山さんのつくる和釘を目にしているかもしれない。
唯一無二のポジションを確立した和釘づくりの妙
「すべてが手作業なので、正確無比に金属を扱い、作り出すだけの腕がまずは必要ですよね。それだけでも実は難しいことなんです。その上、和釘は一本あるだけで使えるものではありません。建築ともなれば数千本の単位で納品しなければならない。それを可能にするだけのスピードも求められています。数と質、この両方を持ってやる覚悟を持った職人自体が減っているのかもしれませんね」
まず900℃前後に熱した鉄の棒を、金床と呼ばれる金属の作業台に置き、金槌でカンカンカンと小気味よく叩き形状を変えていく。
鉄を打ち、およそ1分。どんな形になるのだろうとワクワクしている暇もなく和釘が完成してしまう。「小さな釘も作りましょうか」と言って内山さんは先ほどよりも細い材料を手に取る。赤く熱を帯びた鉄は形状がわかりにくいにもかかわらず、大きな金槌であっという間に成形する。
「金槌なんてそのへんのホームセンターのものでいいんですよ。大切なのはどうつくるのか、だから」と、内山さん。まさに、弘法筆を選ばず。
鍛冶屋だからこそ生みだせたオリジナルな製品たち
実際、耳かきは「鍛冶屋の耳かき」として人気を博しており、日本全国の工芸品を取り扱うセレクトショップ・中川政七商店でも取り扱われているほど。絶妙な角度やしなりを考慮してつくられたそれは、耳かきフリークの間で話題を呼び、全国に広がっている。
「誰もが愛用するような日用品を、鍛造というアプローチで作ることで、金属そのものの面白さや鍛造の魅力などを届けるきっかけにしたいんです。このまま技術が無くなってしまうわけにはいかないから、興味を持ってもらう工夫は考え続けていきたいですね」
火造りのうちやまに学ぶ、プロフェッショナルの精神
そう内山さんははっきりと答えた。
「効率化が重視される時代がやってきて、変化を求められる時代になりました。けれど、和釘づくりに至っては効率化とは縁遠い職人の仕事だと思っています。勘だとか、経験だとか、言葉にできない感覚ばかりの仕事だけれども、だからこそ魅力がある。こういった価値観は日本に永く残していかなければと感じているんです」
和釘づくりを受け継ぎたいと願う若者はそう多くないかもしれない。事実、内山さん自身も弟子として採用した若手と決別するという苦い思い出もあるそうだ。手仕事だからこそ伝承は難しく、時間もかかる。その覚悟を持って門を叩く人の姿を待ち続けているのだ。
内山さんしかできない和釘づくりがあり、それが日本の建造物の歴史を今もなお守っているという事実がある。勘や経験がものを云うゆるぎない価値を残すために、内山さんは今日も鉄を打ち続けている。
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