2022.10.12 UP

想いとともに引き継がれるものづくりを。新しい価値を伝える、プライヤメーカーの挑戦 株式会社IPS PLIERS

「プライヤ」という工具を知っているだろうか。
昔は車載工具としてどの車にも必ず積まれていた。今でも自動車整備や建築現場、水回りなどの仕事現場で使われ、家庭ではDIYや日曜大工で使われたりするものだが、知名度はまだ決して高くない。

今回訪れたのは、そんなプライヤに特化し1940年に三条市で創業したメーカー。現在は新潟県見附市に本社を構える日本唯一のプライヤ専業メーカーである株式会社IPS PLIERS※(以下、IPS PLIERS)だ。高い製造技術と、幅広い品揃えを誇る。最近ではキャンプ専用のプライヤを開発し、2回目のクラウドファンディングでは達成率2600%という異例の数字を残した。

※2022年9月より「株式会社五十嵐プライヤー」から「株式会社IPS PLIERS」へと社名変更。

「僕にとってのプライヤとは、挑戦です。」

 
 

昨年、4代目の代表に就任した内山航洋さん(30歳)。入社当時「これから先はプライヤだけではだめだ」と、もがいていたという。もっと多くの人にプライヤを知ってもらうには、このままではいけない。そう考えていた内山さんを救ったのもまた、プライヤだった。

その根底には、なにが隠れているのか。
内山さんに話を伺った。

 
 

ものを挟み、加工する。ペンチとは違う、プライヤとは

そもそもプライヤとは、左右異なった形状の部品から構成され、それが合わさることで対象物を挟む工具のことだ。海外ではペンチやニッパーのことも、プライヤ(Pliers)と呼ぶ。実は、ペンチとは後天的につけられた名称で、ものを掴む「ピンチ(Pinch)」からきた和製英語なのだ。

それでは、日本でいうプライヤはペンチと何が違うのだろう。

 

 

プライヤの種類は大きく2つに分かれる。口の開きを二段階に調整できる「コンビネーションプライヤ」と、三段階以上の調整ができ、より大きなものが挟める「ウォータポンププライヤ」だ。

プライヤにはペンチにはない可動域があり、先端部分が大きく開くことで大小さまざまなものを挟むことができる。

もう一つ、私たちには見えない大きな違いが製造工程にあった。

左右の部品を途中で組み立ててから加工するペンチとは違い、プライヤは左右それぞれがバラバラの工程を経て、最後に組み立てたときにぴったりと重なるのだ。左右の部品が組み合わさり、品質の高い1本のプライヤになるまでには、実に80種類もの製造工程。時間にして4か月以上を要するという。

これほど複雑で手のかかる工程で作られるニッチな工具に、内山さんがこだわりを捨てず、実直にプライヤを作り続けるのは、どうしてなのだろうか。

 

 

 
 

お客さんとともに成長し、お客さんに支えられた。
IPS PLIERSたる所以

はじまりは1940年。内山さんの曽祖父にあたる五十嵐末一郎氏が工場長を努めていたペンチメーカーから独立し、三条市内でプライヤメーカーとして創業した。当時日本では製造されていなかったプライヤに目を付けたのは、「恩師と同じものを作らない」という末一郎氏の覚悟の現れから。当時の社名にもプライヤの名を冠し、今日に至るまでプライヤ専業を貫いてきた。

海外から安価なものが日本に入ってきたり、大量生産の潮流が生まれたりと、苦しい時代もあった。そのときに支えてくれたのは、使ってくれるお客さんの存在だった。
2代目の五十嵐力(つとむ)氏は、当時にシェアを誇った搭載工具市場に海外の安価なプライヤが勢いよく参入する中、いち早く自社ブランド『IPS』を立ち上げ国内流通に切り替えた。国内販路を開拓するために、付き合いのある問屋や、エンドユーザーなど、さまざまな人へ「どんなプライヤが欲しいか」を聞いて回ったという。

 
 

 

以来、お客さんの声を拾い商品を作り続けてきた。「つかむ部品を傷つけない機能が付いたプライヤがあれば。」問屋とユーザーのそんな声で生まれたのが、現在でも看板商品であるソフトタッチシリーズだった。このシリーズは1988年に発売され、新商品アイデアコンクールで受賞をした。

「お客様からいただいた声すべてに対応することはできませんが、はっとさせられる瞬間があるんです。これは商品化しないとだめだ、と強く感じることがあります。」

こうした声はすべて、商品に添付されたハガキで寄せられる。毎日のように届くそれは、商品化の要望にとどまらず、商品を使って感じたプライヤの良さ・悪さの項目もあり、社長はもちろん工場で働く社員にも共有。最近では内山さん自ら自社のSNSを運用し、ネット上からもさらに多くの声を拾っている。

 

「どうやってお客さんの声を集めているんですか?」と尋ねると、「商品を開けて台紙を見てください」と。
秘密は商品の中に隠されていた。このアイデアは3代目の代表である内山晃が考案した。

 

 

質問が記載され、お客さんが何を書けばいいか分かるハガキが同封されている。

 

「リーマンショックのときも工場を稼働することが難しく、苦しい時期でした。それでも頑張れたのは、私たちの商品を楽しみに待ってくれているお客様の存在です。だから私たちも、お客様の求めている形は何かを日々考え、プライヤづくりに励んでいます。」

 

内山さんを支える製造部顧問の吉村さん。品質を守り続けてきた縁の下の力持ちであり、歴代4代全ての代表と仕事をして来た社内のレジェンドでもある。

 

これまでお客さんの声に応えた結果、100種類以上ものプライヤを開発・製造している。新商品には必ずお客さんの意見が反映されているという。

 
 

どんな形でもどんとこい。多様なニーズに応えるクオリティ

「うちの特徴は、目に見合えない部分まで高い品質にこだわっていることです。」

お客さんの要望に応えてこられたのは、技術力の高さにある。例えば小さいプライヤひとつ作る場合、加工の精度が出にくい。それを切削の加減を微調整したり、孔(あな)の位置を正確に開けることで、狂いのない高品質のプライヤが出来上がる。実際にIPS PLIERSのプライヤは3年前に製造した左の刃と、1か月前に製造した右の刃が、ぴったり重なるという。
左右バラバラの工程で製作されるプライヤは、一体どの様に作られるのか。製造現場を見ながらおおまかな工程を説明してもらった。

[鍛造]
 

切断した材料をハンマーで鍛える。高い品質の鍛造が高い品質の工具をつくる。
この作業は社外で行っている。

 

[ショット掛け]
 

鍛造された材料は不純物が表出するため、鉄玉を当てて不純物を取り除く。

 

[プレス]

鍛造後は厚みや形にムラが残るため、プレスで地肌を滑らかにする。
ここで形を揃えることで精度を出す、大事な工程になる。

[歯切り]

プレスではなく切削で刃を切ることで、プライヤのくわえ部の凹凸を高い精度で加工することができる。

※アイテムの形状により製造工程の順番が前後することがある。

[孔開け・マーク打ち]
 

ひょうたんのような孔を開けた後、ブランドや品番といった刻印マークをプライヤ本体にプレスで打刻する。

 

[仕上げ研磨]
 

孔を開けたプライヤは熱処理の工程を経て、製品を一本一本磨き上げる仕上げ工程に移る。

削りすぎると薄くなりすぎるため、小さいものは特に難しい工程だ。

 

[組み立て]
 

左右バラバラな工程を経ていたプライヤがここでようやく一つになる。

 

[検査・調整]
 

ここで、熱処理によって発生した歪みやズレを直す。
目視で確認し、手作業で直すこの工程は、まさに数値化できない職人技だ。

品質が悪いものは、工具先端の合わせ面の大きさが違ったり、横から見たときに左右非対称に歪んでいたり、動きにがたつきが生じてしまう。それに対し、IPS PLIERSでは検査段階だけでなく、各工程に3度の検査を設けることでJIS規格を超える高い品質基準の商品を追求したものづくりを行ってきた。

 

[グリップ付け]
 

本体にグリップを付ける工程(その他、詳しい工程説明は公式HPに記載)
製品ができるまで ー 株式会社IPS PLIERS (ips-tool.co.jp)

 

 
 

プライヤだけではだめだと思った。もう一度信じさせてくれたアイテム

内山さんが入社したのは3年前。当時、東京で勤めていたアパレルメーカーを辞めることを友人に話すと驚かれたという。「なんで新潟に帰るんだ」と聞かれ話すも、友人はプライヤの存在自体すら知らなかった。彼らに説明しようにも、「ペンチみたいな工具」としか伝えられない悔しさを抱く。このままプライヤだけ作り続けていいのだろうか。そう思い悩み続けていたとき、あるTV番組が目に入る。そこにはレコードの素晴らしさを語る大学生がいた。はっとした。

「プライヤと一緒だ!そう思いました。レコードと同じでプライヤも、知っている人には当たり前。でも知らない人にとっては新しい形で映るのだと確信しました。何か新しいことを始めるのではなく、知らない人に便利な工具として知ってもらう仕掛けが必要だと。そしてその工具の名前はプライヤというのだと。この化学反応を見てみたい。」

そうして生まれたのが、1回目のクラウドファンディングで5500%を達成した“Campdrunk by IPS”というアイテムだった。

 
 

Campdrunk by IPS 第2弾

 

プライヤを知らない人は誰か。
真っ先に頭に浮かんだのは、若い世代だった。キャンプでプライヤと言う名前を知らずともプライヤを使ってもらえれば、「便利な工具」だと認識してもらえる。あえてプライヤという名前は出さなかった。内山さんの考えは当たり、若い世代を中心にさまざまな人たちの元へCampdrunk by IPSは届いた。

キャンプ好きの人だけでなく、物を扱った専門雑誌 『宝島社モノマックス』や『モノ・マガジン』に掲載されたり、所ジョージ氏の『世田谷ベース』から声をかけられたりするなど、じわじわと広がりを見せている。

 
 

上半期ヒット。Campdrunk by IPSが掲載された『宝島社モノマックス』のページ(左下)。

 

 
 

「IGARASHI PLIERS “GOOD”」所ジョージ氏から直筆の手紙をいただいた。

 

 
 

Campdrunk by IPSが使用されたTV番組”おぎやはぎのハピキャン”ロケ時の写真。

 

 
 

Campdrunk by IPSが登場した“おぎやはぎのハピキャン”シーズン27。

 

「Campdrunk by IPSが、やっぱりプライヤじゃなきゃだめだと思わせてくれました。これからもプライヤだけを作っていきます。」内山さんは、そう覚悟をにじませる。

 
 

固定概念を壊していく。IPS PLIERSの考えるこれから

プライヤに関するさまざまなコメントが寄せられる中、SNSでこんなコメントがあった。

“IPSのプライヤ買ってみました。工具箱に片付けようと思ったら、親父からもらった同じプライヤも入ってました!”

実は、内山さんにも似た経験があった。内山さんの父親であり、3代目代表の内山晃氏は以前、ニットメーカーに勤めていた。晃氏がデザインしたニットは、今は内山さんが大切に着ている。

「服が好きで中学生の時から結構買っていたんですけど、上京するとき持っていった洋服のほとんどが、親父から譲り受けたものだったんですよね。ISSEY MIYAKEのシャツとか。その時に分かったんです。良いものは残る、と。親父から貰ったニットを着たら『それ晃さんがデートのときによく着てたニットだよ』と母親から聞いて。いいものを作ると、そうした想いとともに引き継がれ、時代を超えて残るんですよね。しっかりと、その思い出も一緒に引き継がれるんです。18歳の時に経験したこの出来事で良いものを子に渡せる、親父みたいな人間になりたいって思いましたね。間違いなく親父は今でも僕のなかにいます。」

思い出とともに引き継がれ、残るもの。
いいものを作りたいし、残していきたい。内山さん自身もそんなものを持っていたいと話す。そうして自分の子どもにも、いいものを残せるように。「いいもの(本物)はいい人(本物)がつくります。」内山さんの挑戦は、まだ出逢ったことのない未来、これからを生きる子どもたちの未来に向いている。

 
 

 

「僕にとってPLIERSは、挑戦です。」

ものを挟み、加工する。シンプルな道具だからこそ、色んな使い方ができるのがプライヤの良さ。まずは日本中の人にプライヤを知ってもらうため、「プライヤ」の枠を広げていく。
そのためには、自動車整備や建築、水回りといった今までの産業的な使われ方だけではなく、別のアプローチを考える必要がある。まずは一歩目として、キャンプ好きな人に届くように”Campdrunk by IPS”を開発し、使い方のイメージを持たせた。そこから「プライヤは便利な工具だ」と実感した人が、アクセサリー制作など自分なりの使い方を始めていた。

次は医療現場に進出するかもしれないし、釣り用の工具として見せ方を考えているかもしれない。これからの未来のために、本物のプライヤを受け継ぎ、残し、波紋を広げていく。

それが内山さんのPLIERS(挑戦)であり、IPS PLIERSのPLIERS(挑戦)だ。

株式会社IPS PLIERS(アイピーエス プライヤ)

〒954-0104 新潟県見附市坂井町1-4-3
TEL:0258-66-5445
FAX:0258-66-5586
https://ips-tool.co.jp/