明治の創業から業態を変化させてきた、おろし金メーカー。
職人の手仕事を機械化させたものづくりへの意地
株式会社ツボエ
一流の料理人による“おろし”は、繊細な仕上がりで見たことがないほどふわふわの状態になる。しかし、それを作るには扱いや手入れの難しい銅製のおろし金を使う必要があり、一般家庭で再現するのは難しかった。
そんなプロのおろしを一般家庭でも作れないかと考え、ステンレスで究極のおろし金を開発したのが株式会社ツボエ(以下、ツボエ)だ。
「予算も納期も売価も考えず、一切妥協しない究極のおろし金を作りたかったんです」
そう話すのは、4代目代表取締役の笠原伸司さん。究極のおろし金の開発に成功しただけでなく、職人の手作業だった目立て作業を機械化することで、品質を向上させながらの量産化にも成功した。だが、その道のりは決して簡単なものではなかった。
きめ細やかにおろせる、極上おろし金
口当たりなめらかで、きめ細やかにおろせる、極上おろし金。金属板を一目ずつ丁寧に彫り起こす“本目立て”※を施し、刃を4方向から入れることで、繊細なおろし具合を実現した。
その違いは一目瞭然で、一般的なおろし金でおろした大根は細長い板状に見えるが、ツボエのおろし金でおろした大根は新雪のように細かな粒になっている。この細やかさが、滑らかでふわっとした食感を生むのだ。
〈ツボエの極上おろし金 箱 -hako-〉は2020年に発売すると、料理好きを中心に支持を集め、今では品薄状態が続く商品になった。全国テレビで放映されるなどメディアの露出も増え、いっときは工場が回らなくなるほど注文が殺到した。
ヤスリの技術があったからこそ、おろし金の製造へ
2代目のころになると、ノコギリの手入れに使うヤスリが多く出るようになった。今と異なり、家も船もすべて木造の時代。大工にとってノコギリは必須道具で、少しでも切れ味が落ちるとヤスリを使って自分で手入れをして切れ味を保っていた。しかし、戦後復興によるノコギリの需要が落ち着き、さらに手入れ不要の替刃式ノコギリが流通し始めたことで、ヤスリの需要は次第に減少。燕市内に数多くあったヤスリ屋はどんどん廃業していった。
そんな厳しい時代を生き抜く必要があった3代目は、今までのヤスリ以外の受注も増やさなければと特殊なヤスリも請け負うように。そのひとつが、おろし金だったのだ。
「ヤスリとおろし金は一見違う道具に見えますが、ヤスリは木を削り、おろし金は野菜を削るためのもの。“削る”という目的は同じなんです。しかも、金属を起こして刃を作るので作り方も同じ。多品種、小ロットで少しずつおろし金の売上を伸ばしていきました」
究極のおろし金とは。ツボエブランドとして極上シリーズを発売
「いつも作っているのはお客さんの製品。そこには予算があって、売価があって、納期がある。制限された条件のなかでよりよいものを追求しなければいけません。しかし、予算も売価も納期もない状態で作るとしたら、どんなおろし金が作れるのだろう?とふと閃いて。それなら、とことん追求して究極のおろし金を作ろうと動き出すことになりました」
「それまで本当に美味しい大根おろしを作ろうとしたら、銅製のおろし金を使うしかありませんでした。しかし、銅は変色もするし、サビもする。一般の方には使いにくい素材でした。そこで、うちが得意としているステンレスのおろし金を突き詰めて本格的なおろし金を製作したんです。異なる方向からタガネで一目ずつ本目立てをすることで、今まで以上の大根おろしが作れるようになりました」
ほっと胸を撫で下ろしていたころ、実際におろしてみたひとりの主婦が「極上という名前の割には案外普通なのね」と言い残して去っていった。笠原さんはこの時感じた悔しさを胸に、工場へ戻るやいなや改良に取りかかった。すでに300個ほど作ってしまっていたおろし金の販売予定を止め、1ヶ月ものあいだ改良に没頭したという。改良品は手でタガネを打ち本目立てを施し、4方向に刃をつけ、十数個のみ製作した。その後、4方向の本目立てを手作業から機械でできるように改良し、ようやく量産体制が整った。
4方向の刃だからこそできた、繊細なおろし
「おろし金の刃は2方向が一般的です。ですが、それではおろす際に大根が滑ってしまい、おろす方向に力が半分も加わっていない。そこで、〈ツボエの極上おろし金 箱 -hako-〉では4方向からの刃にすることで滑る力がそのままおろす力になるようにしました。そのおかげで、大根の繊維を壊すことなく、切るようにおろせるおろし金が完成しました」
極上おろし金を作ったツボエは、わさびやしょうが専用のおろし金を開発。さらに、手のひらでチーズ等をおろせる〈irogami piece of grater -ひとひらのおろし金-〉も開発した。リーズナブルだからこそ、ちょっとしたプレゼントに使ってもらえるようにと10色で展開した。すると、香港にあるアジア最大のミュージアムショップが反応。ツボエの製品が初めて海外の実店舗で販売されることとなった。
そんな食文化自体も広めていきたいと語るツボエは、2023年にはドイツで開催されるアンビエンテ※にも出展し、これまでに無い新しいおろし金だと、世界中のバイヤーから注目を受けた。日本の食文化をさらに広める道具として、日本のツボエから世界のツボエになるために大きな一歩を踏み出した。
業界・地域内で競争するのではなく、一緒に世界を目指す仲間に
「ヒット商品を真似て後発に出すのは確かに楽だし、開発費も抑えられる。でも、それは本当にものづくりなのでしょうか。それよりもツボエとしては使った人が驚くようなものを開発していきたいし、自分の会社が積み重ねてきた技術のなかでよいものを作っていきたいと思っています。地域内で同じような商品を作って競争していても仕方ありません。お互い刺激し合って技術も製品も高めていく。そして、地域ではなく、世界で闘えるようになったら。そんな気概を持つことが産業の発展に繋がるのだと思います。ツボエとしても、その一翼を担えるよう、一層ものづくりに力を入れていきたいです」
誰も到達できなかった究極のおろし金。その難題に立ち向かい、乗り越えられたのは、ものづくりへの自負と意地があったからなのかもしれません。世界で“おろし”という日本食の調理方法が浸透するまで。ツボエの挑戦はまだまだ止まりません。
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