2023.6.13 UP

故郷と日本の文化をかけ合わせて。ロングセラー「ウォーターポット」を生み出した老舗企業が始める新たなものづくり
株式会社玉虎堂製作所

 
 

レストランやホテルでよく見かける、ウォーターポット。いまでは当たり前の存在となったウォーターポットを古くから製造しているのが、新潟県燕市にある株式会社玉虎堂(ぎょっこどう)製作所(以下、玉虎堂)だ。

複雑なステンレスの造形と美しい鏡面仕上げ。その高い技術力に開発から70年経ってもいまだに注文が入り続けている。

 

玉虎堂が作るウォーターポットは、販売当初からほとんど形が変わっていない

 

そんな歴史ある企業の社長を務めるのが、柄沢マリアさん。東京で知り合った玉虎堂の長男・雄児さんと結婚し、2008年に入社。公私ともにパートナーとして雄児さんを支えながら、自身も包装工程でものづくりと向き合ってきた。しかし、2019年に雄児さんが急逝。経営の知識や経験はなかったものの、遺された会社を継続させようと社長を継ぐ決意を固めた。

託された工場を守っていくには何が必要なのか。創業から受け継がれてきた「ウォーターポット」と、マリアさんの葛藤を追う。

 

インタビューに応じてくれた、代表取締役の柄沢マリアさん

 

 
 

より多くの人に届けるため、ステンレス製品の製造へ

玉虎堂が始まったのは、1919年のこと。鎚起銅器の老舗・玉川堂で修行した柄沢虎二さんが独立し、立ち上げた会社だ。社名は玉川堂から「玉」の字をもらい、自身の名前の「虎」を入れて、玉虎堂に。当初は玉川堂と同じく、やかん(湯沸かし)などの銅器を作っていた。

 

銅板を金槌で叩いて形を作っていく、鎚起銅器

 

しかし、鎚起銅器で作るやかんは数万円〜数十万円もする高級品。多くの生活者には手が届かない代物だった。そこで虎二さんは、「高級品だけでは一部の人にしか届けられない。誰でも手に取れる品物を作ろう」とプレス機を導入し、ステンレス製品を作るようになった。

最初はやかんと似た形状の湯沸かしや水差しを扱った。すでに燕市で盛んとなっていたステンレスの加工方法を研究し、当時の日本の食卓で使いやすい形に少しずつ改良を重ねていった。

 
 

隣の工場からの一言で始まった、ウォーターポットの開発

 

工場を移転した昭和18年に建てた主屋

 

ステンレス製品の評価が安定してくると、隣にあったカトラリーの会社から「洋食店で使う“水差し”を作ってくれないか」と相談が舞い込んだ。それが今ではレストランでよく目にするウォーターポットの歴史が始まった瞬間だ。

 

ウォーターポットの胴体部分は、スポット溶接で仮止め、溶接、高さを揃え、底を切って溶接、磨いてから部品を組み立てる

 

ウォーターポットは注ぎ口と底まで深さがある。プレスだけではその形状はできなかったため、ステンレス板を筒状にして溶接する方法で作りあげた。

「当時の製法で作ったものが燕市の産業史料館に置いてあるのですが、溶接の跡がはっきりと見えているんですよ。当時はまだ、溶接の跡を隠す加工を施していなかったのでしょうね。その数年後には跡がわからないくらい綺麗に仕上げられています」

こうして作られたウォーターポットは、日本全国に広まって次々と売れるようになった。時代は高度経済成長期。調理用具の問屋街として知られる東京の合羽橋から毎月のようにバイヤーが訪ねてきて、数百個単位での契約が決まったという。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで売れていった。

 

部品の供給が少なくなっているが、取っ手は持ちやすさに直結するため、当初からデザインを変えていない

 

玉虎堂の主力製品となったウォーターポット。その影には協力工場による卓越した磨きの技術があった。

「これだけの品質を出せる職人は他にいません。縦に、横に、何度も磨きを繰り返すことで光沢を生み出していく。キラキラと輝くウォーターポットを見るたびに『この輝きこそ私たちの製品の魅力だ』と思っています」

 
 

玉虎堂製作所の長男と出会い、ものづくりの道へ

今でこそ社長として会社を牽引するマリアさんだが、新潟県に越してきたのは2008年。玉虎堂の長男・雄児さんと東京で出会い、結婚。先代が体調を崩したことをきっかけに「先代の力になりたい」と言う雄児さんとともに新潟県へ移り住んだ。

 

現在でも、布で指紋を拭き取りながら目視で一つひとつ丁寧にチェックする

 

マリアさんにとっては初めてのものづくりの世界。右も左も分からない中、「自分も役に立ちたい」と包装場で働き始めた。包装場はいわば製品の最後にクオリティを確かめる大事なポジション。製品に傷はないか、部品が足りていないものはないか、直す場合はどの工程に戻せばいいのか。常に頭を回転させながら、手を動かし続けた。包装と向き合って十数年。すいすいと仕事をこなす従業員に囲まれ、同じレベルになるには長い時間がかかると肌身で感じた。簡単ではない作業の連続にものづくりの奥深さを知った。

雄児さんも最初は同じ包装場だったが、次期社長として経験を積むため、他の現場を担当した後、営業部長・貿易部門をまかされた。時代はすでに海外へと販路を広げていく会社が多くなっていた。玉虎堂も英語が話せる雄児さんを中心に海外の見本市に赴いたが、すぐに商談にこぎつけられるような簡単な話ではなかった。

 

 

「商工会の繋がりで見本市に行ったのですが、なかなか厳しくて。プロ向けの製品だから、洗いやすさと消毒のしやすさを重視するし、取っ手も欧米の人の手にフィットする大きさでないといけない…」

課題が多すぎてすぐには商品の改善ができなかった、と続けるマリアさん。そんな状況下で雄児さんは外ではなく、内部に目を向けた。

当時、雄児さんは次々に入る発注や海外の展示会準備に追われ、社内の細かな問題に目が届いていなかった。ふと会社の中を見渡すと大量の印刷物が溢れかえる始末。タイムカードから何から全て印刷して保管していたのだ。まずは業務環境を改善しようと、ネット環境を整え、紙文化からデータ管理へと切り替えた。パソコンをインターネットに繋ぎ、システムで在庫や業務の進捗を管理。よりよい働き方と、ものづくりの環境を整えたのだ。

 

 

社内を整え、ようやくこれからというタイミングで、雄児さんが急逝。「次はお前がやりなさい」との遺言を受け、マリアさんは後を継ぐことを決意した。何から始めればいいか手探りの状況で、周囲の助けを借りながら社長としての仕事をこなしていった。

 
 

社長が急逝。託された工場を守っていくために

社長の仕事も板につき始めた頃、ひとつのプロジェクトが動き始めた。雄児さんが長岡造形大学の学生と一緒に取り組んでいたものだった。

 

紅茶も淹れられる、KALINKA急須。熱くならないように持ち手は真鍮

 

「2014年に主人が考えていた商品があったんです。でも、忙しくて止まってしまっていた。コロナ禍をきっかけに商品化にむけて再出発することができました。外部の方も交えながら一緒にネーミングやストーリーを考え、2022年にようやく形にできました」

そうして出来上がったのが、今の「KALINKA(カリンカ)急須」。外出自粛で増えた家での時間に、ほっと心休まるようにと急須の形に。誰でも手元に置きやすいように日本茶だけでなく紅茶も飲めるように工夫した。

 

 

KALINKAの名前はロシアの童謡から。赤・白・黒の計3種類の色を用意した。赤はロシアの童謡に出てくる赤い木の実から「MALINKA(マリンカ)」、白は気持ちのいい冬の朝をイメージして朝を意味する「UTRO(ウトロ)」、黒は月の出た静かな夜をイメージして夜を意味する「NOCHIKA(ノチカ)」と名付けた。それぞれ気持ちの良い朝に、そして1日の終わりにひと息をついて飲むお茶の意味も込めて。日本で昔から使われてきた南部鉄器をベースに、マリアさんの故郷の紅茶を飲む文化、そして暮らしをイメージさせる言葉を取り入れた。

 

 

 
 

海外にルーツを持つからこそ、外の発信に力を入れて

出来上がったKALINKAシリーズを売り出していくのはこれから。日本国内はもちろん、海外にも力を入れていく予定だ。まずは中国や韓国、台湾などのアジアを中心に、そしてその後はヨーロッパの展示会にも出展を控えている。

「KALINKAシリーズと鍋などの家庭向けのキッチン用品も併せて、2023年はドイツのアンビエンテに出展する予定です。今までは業務用製品を中心にしてきましたが、これからは一般向けの製品も含めてどちらも広めていきたいなと思っています。長く愛してもらえるようにどの製品もフォルムは流行りに乗らないクラシカルなものを意識しながら。ギフト需要なども取り入れつつ、どう届けていくかを考えていきたいと思います」

 

カップホルダーも急須と同じ色合いで製作した

 

商売として世界に目を向けると同時に、マリアさんは次の世代が担う燕三条にも想いを馳せる。

「日本のことを学ぶことも大事ですが、それと同じくらい小さなころから他の国や文化に触れる機会も必要だと思っています。今はインターネットを通して簡単に調べられる環境が整っています。学校で他の国について勉強したり、家族で文化の違いについて話すこともできます。こうして自分とはちがう世界に触れることで、国や環境が違っても一緒に幸せに生きる未来が描けるのではないでしょうか」

海外にルーツを持つからこそ、内と外の両方の目を持っているマリアさん。常に社内がどのように回ればいいかを考えながら、目線は海外、そして未来を見据えている。100年つづく老舗企業で外国人経営者。まだ事例が少ない燕三条でどんな未来を紡いでいくのか。マリアさんの挑戦はここから始まるのだ。

 
 

株式会社玉虎堂製作所

〒959-1234 新潟県燕市南4丁目8番5号
TEL:0256-62-2221
FAX:0256-62-4872
https://www.marutama1919.com/