これから何だって形作れる。引き受ける、令和のものづくり 六張煙管
吸い終わったあとは、カン、と灰を落とすのも気持ちがよい。
その装飾の美しさや喫煙方法から、現代にも根強い愛好家が存在します。
実は、今回取材した六張煙管(ろくばりきせる)の岩浪陸さん(以下、岩浪さん)も、愛好家のひとり。
キセルへの憧れが、まったくの未経験からものづくりの現場へと彼を誘いました。
決して潰えることなく、今も愛好家の心をつかんで離さない、キセルの魅力とは一体何なのでしょうか。
煙を吸って吐くにとどまらぬ、所作の美
洗練された佇まいは、まさに職人技です。
普通の紙巻きたばこより圧倒的に短く感じる、キセルでの喫煙。その短さゆえに、喫煙の行為そのものに集中できるのだと、岩浪さんは話します。
「煙を吸うだけじゃない、所作がかっこいいんです。キセルは、葉をもむところから始まり吸い終わったあとのカン※と、灰を落とすところまで一連の流れが良いんです。」
キセルは3種類の部品からなる喫煙具で、雁首と吸口の間に竹などの素材を用いたものを羅宇(らう)キセル、全ての部品を金属で作ったものを延べキセルといいます。
六張煙管は、延べキセルを得意とします。
かつてはキセルの一大産地、燕
キセルの一大産地として名を馳せ、全盛期には全国の8割のシェアを誇っていました。今でも手作りのキセルにこだわり、愛好家は職人が作るキセルを求めています。
岩浪さんはここ燕で、キセル職人である飯塚昇さんからキセル作りを学んでいます。といっても、飯塚さんのもとで経験を積む、いわゆる弟子入りとは少し違うようです。
飯塚さんの作業を見学したり、岩浪さんが作ったキセルを見てもらったりと、飯塚さんのもとに通いながらキセル作りのいろはを覚え、自身の技術に磨きをかけます。
最近ではメディアの取材から展示会のお誘いまで引っ張りだこの岩浪さん。実は最初からキセル職人を目指して歩んでいたわけではありませんでした。
愛用者から作り手へ。スイッチが切り替えた出会い
大学院へ進み、考古学を専攻していましたが、より専門性の高い内容になるにつれ、少しずつ大学院へ行く足が遠のいていきました。就職活動も手につかず、無気力だった岩浪さんを変えたのは、ある出会いでした。
「博物館巡りをしていたときに、キセルの展示があったんです。初めて見たとき、衝撃を受けました。『こんなキセルを作ってみたい』と直感的に思ったんです。」
華美なのに繊細で、美しい。彫金が施されたキセルに目を奪われた岩浪さんは、独学でキセル作りを始めました。
博物館で流れていたキセル作りの動画を穴が開くほど見て、インターネットで作り方を学び、試行錯誤する日々。父親がものづくりをしていたこともあり、手先の器用さには自信があったといいます。
新たなスタートで、見たことのない景色を
経済面や移住への不安もあり、すぐには返事ができませんでした。その不安や葛藤に寄り添ってくれたのは、新潟県の燕市でした。職人としての活動をしながらも、安定した収入を維持できるように、市役所の仕事を紹介してくれたのです。岩浪さんが学生時代に専攻した「考古学」に関する仕事で、たまたま人材を募集している時期だったそうです。
良い状況にも背中を押され、岩浪さんは「キセル職人」を名乗る一歩を踏み出すことができました。
燕は、洋食器や銅器の産地としても有名です。それらの金工に携わる職人・作家は、その技術でキセルを作ることもできます。キセルの産地である燕でキセル職人を名乗ることは、自分自身を追い込むための手段でもあったのです。
まず、先述したキセル職人である飯塚さんとの出会い。キセル職人としての姿勢の多くを、飯塚さんから学んでいます。
次に、技術的な相談をできる人間関係の多様さ。初めて博物館で見たキセルのような装飾は、どんなにインターネットで検索しても、一人では作れませんでした。しかし燕で飯塚さんや彫金師の職人に相談をすることで、これまで出来なかった模様や形に挑戦できるようになりました。
なくなるのはもったいない。じゃあ、俺がやる
今取り組んでいるのは、キセルのラインです。
手作りのキセルで一番難しいのは、雁首を起こす工程。一枚の金属板を叩いて筒状に起こし、ロウ付けをして接合するのですが、叩く角度や強さによって、このロウ付けした接合部分のラインが曲がってしまうのです。接合したロウ目と雁首の曲げのラインが綺麗になるように注意深く製作しています。
「自分の中でこだわっているのが、世の中の流行を追うんじゃなく、古臭い方もやりたい、という想いです。伝統的なキセル作りの持つあの雰囲気って何なんだろう?というのを意識しながら、日々キセル作りに取り組んでいます。」
手作りのキセルを作る職人は、飯塚さんしかいません。飯塚さんが引退したら、作る人間がいなくなってしまう。それはもったいない。じゃあ、俺がやる。
これから岩浪さんは、どんなキセルを作っていくのでしょうか。
「博物館で見たキセルを目標に置くと、到底不可能というか。昔の彫金師の仕事までやろうとすると大変なので、同じ方向は向いたまま、少し違うアプローチをしたいと思っています。
例えば模様の付け方を、”切嵌(きりばめ)”という、模様を切りだして、別の金属を嵌める技法を使ったキセルを作ったり。何より、作り続けることが大事なのだと思います。」
最近では、展示会用に大きく派手なパイプをモチーフにしたキセルを作りました。キセルの可能性は、まだまだこれから。羅宇キセルを漆で作ってみたり、観賞用のキセルを海外に売り出してみたりと、実用にこだわらずとも、キセルとして抑えるポイントを逸脱しなければ、新しい形に挑戦していけると考えています。
燕の職人に支えられ、迷いながら、悩みながら形づくられる岩浪さんのキセルは、憧れに近づくために日々進化しています。
これまでとは違う、燕に吹いた新しい風。
令和のものづくりは、これからどんな景色をもたらすのでしょうか。