2023.9.14 UP

これから何だって形作れる。引き受ける、令和のものづくり 六張煙管

 
 

ぷかぷかと煙をくゆらせ、ゆっくりと時間を味わう。
吸い終わったあとは、カン、と灰を落とすのも気持ちがよい。

 

 

紙巻きたばこが主流になる前は、キセルが一般的な喫煙方法でした。歌舞伎や浮世絵のような、着物姿の艶めかしい女性や恰幅の良い男性だけがキセルを愛用していた…なんてことはなく、持つ人の個性を表現する手段として人気を博したといいます。
その装飾の美しさや喫煙方法から、現代にも根強い愛好家が存在します。

実は、今回取材した六張煙管(ろくばりきせる)の岩浪陸さん(以下、岩浪さん)も、愛好家のひとり。
キセルへの憧れが、まったくの未経験からものづくりの現場へと彼を誘いました。

決して潰えることなく、今も愛好家の心をつかんで離さない、キセルの魅力とは一体何なのでしょうか。

 
 

煙を吸って吐くにとどまらぬ、所作の美

華美な装飾はされず、シンプルな装いのキセルは、喫煙するシーンを選びません。
洗練された佇まいは、まさに職人技です。

 

 

吸い口とは反対側の丸くなっている部分を雁首(がんくび)と呼びます。雁首にある火皿へ、揉みこんだ煙草の葉を乗せ、くゆらせます。煙を吸い込み、吐き出す。吸った煙は舌で味わい、それを2,3回繰り返したら、くるりと火皿を下に向け、煙草の葉を落とします。

普通の紙巻きたばこより圧倒的に短く感じる、キセルでの喫煙。その短さゆえに、喫煙の行為そのものに集中できるのだと、岩浪さんは話します。

「煙を吸うだけじゃない、所作がかっこいいんです。キセルは、葉をもむところから始まり吸い終わったあとのカン※と、灰を落とすところまで一連の流れが良いんです。」

キセルは3種類の部品からなる喫煙具で、雁首と吸口の間に竹などの素材を用いたものを羅宇(らう)キセル、全ての部品を金属で作ったものを延べキセルといいます。

六張煙管は、延べキセルを得意とします。

※カンと打ち付けて灰を落とすのは昔の所作。キセル本体が傷つくため、当時は番煙管と呼ばれる家用の真鍮製の安煙管があったこともあり遠慮せずに叩かれていた。古い細工の凝ったキセルにもその痕跡が傷として残っており、現代では、大切に扱う場合には手のひらに打ち付けてポンと落とすやり方が推奨される。

 

 

金属の一枚板を叩いて丸めていくことで、最終的にキセルの形になります。

 

 
 

かつてはキセルの一大産地、燕

新潟県燕市は、キセル産業の中心でした。

キセルの一大産地として名を馳せ、全盛期には全国の8割のシェアを誇っていました。今でも手作りのキセルにこだわり、愛好家は職人が作るキセルを求めています。

岩浪さんはここ燕で、キセル職人である飯塚昇さんからキセル作りを学んでいます。といっても、飯塚さんのもとで経験を積む、いわゆる弟子入りとは少し違うようです。

飯塚さんの作業を見学したり、岩浪さんが作ったキセルを見てもらったりと、飯塚さんのもとに通いながらキセル作りのいろはを覚え、自身の技術に磨きをかけます。

 

一番最初に買ったキセルは飯塚昇さんのものでした。

 

他にも、燕には金属を彫る・打つ・嵌めることで模様をつける彫金師が数多くいます。彫金の技術はキセル作りと重なる点が多く、身近な職人とものづくりについて語らうこともあります。

最近ではメディアの取材から展示会のお誘いまで引っ張りだこの岩浪さん。実は最初からキセル職人を目指して歩んでいたわけではありませんでした。

 
 

愛用者から作り手へ。スイッチが切り替えた出会い

もともとは紙巻きたばこを愛用していた岩浪さんは、ニコチンに弱く、紙巻きたばこを長く吸うのが苦手でした。キセルという喫煙具への憧れと、紙巻きたばこよりもニコチンの量が少ないこともあり、キセルを愛用し始めます。

 

 

キセルを愛用し始めた当時、大学生だった岩浪さん。
大学院へ進み、考古学を専攻していましたが、より専門性の高い内容になるにつれ、少しずつ大学院へ行く足が遠のいていきました。就職活動も手につかず、無気力だった岩浪さんを変えたのは、ある出会いでした。

「博物館巡りをしていたときに、キセルの展示があったんです。初めて見たとき、衝撃を受けました。『こんなキセルを作ってみたい』と直感的に思ったんです。」

華美なのに繊細で、美しい。彫金が施されたキセルに目を奪われた岩浪さんは、独学でキセル作りを始めました。
博物館で流れていたキセル作りの動画を穴が開くほど見て、インターネットで作り方を学び、試行錯誤する日々。父親がものづくりをしていたこともあり、手先の器用さには自信があったといいます。

 

 

SNSを通じてキセルの発信を始めると、バイヤーの目に止まり商品の取り扱いがスタートしました。屋号を「六張煙管」とし、初めて自分のキセルをお客さんのもとへ送りだします。岩浪さんがキセル作りを始めてから、まだ4か月ほどのことでした。

 
 

新たなスタートで、見たことのない景色を

SNSを通じて、六張煙管は徐々にその名を知らしめていきます。そんなあるとき、燕の工場の方から声をかけられました。「キセルの産地である燕で、挑戦する気はないか」と。

経済面や移住への不安もあり、すぐには返事ができませんでした。その不安や葛藤に寄り添ってくれたのは、新潟県の燕市でした。職人としての活動をしながらも、安定した収入を維持できるように、市役所の仕事を紹介してくれたのです。岩浪さんが学生時代に専攻した「考古学」に関する仕事で、たまたま人材を募集している時期だったそうです。

良い状況にも背中を押され、岩浪さんは「キセル職人」を名乗る一歩を踏み出すことができました。

燕は、洋食器や銅器の産地としても有名です。それらの金工に携わる職人・作家は、その技術でキセルを作ることもできます。キセルの産地である燕でキセル職人を名乗ることは、自分自身を追い込むための手段でもあったのです。

 

キセルは「叩く」ことで形づくります。

 

これまで周りに相談する人がいなかった岩浪さんにとって、本場でのものづくりは予期しないプラスの連続でした。

まず、先述したキセル職人である飯塚さんとの出会い。キセル職人としての姿勢の多くを、飯塚さんから学んでいます。

次に、技術的な相談をできる人間関係の多様さ。初めて博物館で見たキセルのような装飾は、どんなにインターネットで検索しても、一人では作れませんでした。しかし燕で飯塚さんや彫金師の職人に相談をすることで、これまで出来なかった模様や形に挑戦できるようになりました。

 

注文を受けて作った、ブローチ型のキセル。小さくても、喫煙できる形状になっています。

 

岩浪さんが移住前から収集しているキセルの骨董品も、燕に移住してからは、また違った目線で資料としての発見をすることがあるそうです。昔の模様やキセルの形を参考に、パッチワークのようなキセル作りも行っています。

 

彫金と金彩の施されたキセル。現代はシンプルなデザインが多く、彫金のキセルはあまり目にしないといいます。

 

 

骨董品のキセルには、ひとつひとつ資料番号がつけられています。

 

 
 

なくなるのはもったいない。じゃあ、俺がやる

できることが増えるということは、新しい壁が見えるようになるということ。

今取り組んでいるのは、キセルのラインです。
手作りのキセルで一番難しいのは、雁首を起こす工程。一枚の金属板を叩いて筒状に起こし、ロウ付けをして接合するのですが、叩く角度や強さによって、このロウ付けした接合部分のラインが曲がってしまうのです。接合したロウ目と雁首の曲げのラインが綺麗になるように注意深く製作しています。

 

真っ直ぐなロウ目と、雁首に綺麗な光のラインが入っているのが分かります。

 

こう叩いたらきれいにできると思っても、完成したものは事前に思い描いたものと違うことがある。できると思ったら、新しいできないことが生まれる。そんな風に、日々試行錯誤しながらキセルに向き合っています。

「自分の中でこだわっているのが、世の中の流行を追うんじゃなく、古臭い方もやりたい、という想いです。伝統的なキセル作りの持つあの雰囲気って何なんだろう?というのを意識しながら、日々キセル作りに取り組んでいます。」

手作りのキセルを作る職人は、飯塚さんしかいません。飯塚さんが引退したら、作る人間がいなくなってしまう。それはもったいない。じゃあ、俺がやる。

 

 

それは、受け継ぐのではなく、引き受けるような。岩浪さんにとって自然のことのように、話しました。博物館で見た、あのときの衝撃を忘れたくない、そんな気持ちが伝わってくるようです。

これから岩浪さんは、どんなキセルを作っていくのでしょうか。

「博物館で見たキセルを目標に置くと、到底不可能というか。昔の彫金師の仕事までやろうとすると大変なので、同じ方向は向いたまま、少し違うアプローチをしたいと思っています。
例えば模様の付け方を、”切嵌(きりばめ)”という、模様を切りだして、別の金属を嵌める技法を使ったキセルを作ったり。何より、作り続けることが大事なのだと思います。」

最近では、展示会用に大きく派手なパイプをモチーフにしたキセルを作りました。キセルの可能性は、まだまだこれから。羅宇キセルを漆で作ってみたり、観賞用のキセルを海外に売り出してみたりと、実用にこだわらずとも、キセルとして抑えるポイントを逸脱しなければ、新しい形に挑戦していけると考えています。

燕の職人に支えられ、迷いながら、悩みながら形づくられる岩浪さんのキセルは、憧れに近づくために日々進化しています。

これまでとは違う、燕に吹いた新しい風。
令和のものづくりは、これからどんな景色をもたらすのでしょうか。

 

 

 
 

六張煙管

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