2023.10.15 UP
台所道具のプロフェッショナル。技術力×発想力で唯一無二のプロダクトを生み出す思考法。
プリンス工業株式会社
65年の時を超えてなお、愛される缶切りがある。名前は「Z缶切り」。
ベストセラーの缶切り
愛らしいひょうたん型が特徴の製品で、赤・黃・青などのビビッドなカラーリングが目をひく。絶妙な使い心地はさることながら、どこか懐かしさも感じさせるからか、発売開始から65年以上が経過した今も、若者を中心に注目を集めている。
この「Z缶切り」を製造しているのは、新潟県三条市のプリンス工業株式会社(以下、プリンス工業)。彼らは「Z缶切り」を筆頭に、さまざまなキッチンウェア、すなわち台所道具を企画・製造している。
金属加工のまちとして知られる燕三条は、腕の立つ職人が集まる土地だ。そんななかでも、プリンス工業はロングセラー商品を多数生み出す実力を持ち、ものづくりと向き合い続けてきた。
では、彼らはいったい、企業として長く生き残るために、なにを考え行動してきたのか。その生き抜く力の片鱗を知るために取材先である工場を訪ねた。
時代は大量生産から「変種変量」へ
取材に応じてくれた、代表取締役・高野信雄さん
プリンス工業の創業は1964年、今から59年前まで遡る。ルーツは、冒頭でも触れた缶切り。プリンス工業の創業者である髙野誠司の本家の父、高野善吉さんが缶切りの製造に携わっていたことがきっかけだった。善吉さんは、缶切りを作る職人としてプレスに携わり、商品開発をしていた。そこでつくっていた缶切りが評判を呼び、売れ筋商品へと成長。善吉さんは、のれん分けというかたちでプリンス工業を設立したのだった。
以降、当時携えていた開発力を活かして、引き続き缶切りをつくるようになった。プリンス工業から発売する缶切りには、オリジナルネームを付け「Z缶切り」として発売。現在もなお愛され続ける製品がこのとき誕生した。「これ以上の製品はない、つまりAでもBでもなく、Z」が名前の由来。それだけの自信作だった。
プリンス工業を創業した当時、缶切りは家庭のなかで欠かせない道具の一つだった。市場には多種の缶切りがあったが、使い心地の点において「Z缶切り」の右に出るものはなかなか登場しなかったのだという。そのため、売れ行きは上々。創業当初から、右肩上がりの成長を実現していった。
しかし、時代が進むにつれて、缶切りの需要は低迷していく。缶の容器で発売されていた製品が、ペットボトルや紙パックなど他の素材にとって変わっていき、缶切りの出番が随分と減ってしまったからだ。世の中の変化への対応策として、彼らは台所道具を中心に据えつつ製品のバリエーションを拡大した。
デザイン性の高いシリーズはエンドユーザーにも好評だ
現在は、ピーラーやおろしがね、トングなどのプリンス工業を代表する製品のほか、パスタメジャーやボトルキャップなどのニッチな需要を捉えた製品まで、約40種類の製品を展開している。暮らしのあり方が多岐にわたっている今、小さな需要をも取り込みながら製品群をアップデートすることが求められているのだろう。
大量生産時代から、変種変量時代へ。時代に見合った方法で着実に売上を伸ばし続けるのが、プリンス工業の今の生き方だ。
絶妙な使い心地を生み出す成形技術。そこに表れるのが「職人の技」
燕三条の町工場では、素材屋、プレス屋、磨き屋などのように、加工の工程ごとに特化しているところも多い。プリンス工業では、一つの工程に絞りすぎず、金型の開発を筆頭に、プレス、絞りなど多くの金属加工を担っている。自社製品に限らず、OEMの受注も少なくない。一貫生産する姿勢や卓越した技術力が頼りにされている証拠だ。
取り扱う金属の種類は、代表的なステンレスをベースに、鉄、チタンなど幅広い。さらには、自社製品に必要だからという理由で、プラスチックの加工まで行う。必要ならやってみる。その姿勢は創業当時から根付いている。
「自社製品の開発を行っている以上、自分たちで多くの工程を叶えられるようにしたいと思っています。その中で、特に強みとしているのは“プレス技術”なんです。台所道具の使い心地を大きく左右するものなので、高い技術を製品に反映したいと思っています」
台所道具は、日々使うものであるため、切れ味、フィット感などを含めた使い心地を求められる機会が多い。もちろん安価でも質の高い製品は日本には多く登場しているが、それでもなお、プリンス工業の製品でしか体感できない優れた心地よさに惚れた人々が後を絶たないのだ。
それは、手に馴染むであるとか、つい使いたくなる快適性であるとか、そういったごく繊細な点にこだわり尽くして製造しているからこそ実現できる。言葉で言うのは簡単でも、細かい構造にまでものづくりをこだわり抜く事は簡単ではない。人の心に残るほどの繊細な使い心地は、高い技術力が支えているのだ。
工場に並ぶプレス機
工場に目を向けると、随分と横に長い機械を用いて製造する一場面に遭遇した。これは「順送プレス」と呼ばれる加工法で、従来一つずつ行っていた加工の工程を、一台の機械でまとめて行えるものだ。
一つの機械で一つの工程、というのが通常の加工スタイルだが、順送プレスを取り入れることにより、機械からの取り出しや操作を行う手間が大幅に省ける。生産ラインが固定化された製品たちは、順送プレスのラインに乗せて生産している。それにより、一日あたりの生産数が5倍になった製品もあるほどだ。
「たとえば、機械だけでは叶えられない、職人の目や手を必要とするシーンはまだまだたくさんあります。高いクオリティで製品を届けていくために、機械と職人とで役割分担を行うという気持ちを持っています」
ものがあふれる世の中で、長く愛される製品を生み出すために必要なこと
燕三条には、金属加工を生業にする職人が数多く暮らしている。世界からも注目が集まるほどには、燕三条という土地に生きる職人たちの技術力は広く知られている。そういった環境のなかで、プリンス工業が生き残り続けられている理由はどこにあるのか。
「技術力と感性とのかけ合わせに、我々のオリジナリティがあるのではないでしょうか。技術力とは、いわずもがな技のこと。この地域の職人として生きるのであれば、欠かすことができないほどに重要な、金属加工の術です。そして、感性とは、新しい製品をつくるうえでの“ものの見方”です。考える力をどれだけ養い、実現できるのか。それらをうまくかけ合わせることで、プリンス工業らしさをつくってきました」
たとえば、プリンス工業のロングセラー品の一つに、ワインオープナーがある。一見するとごくごく普通の製品なのだが、アイデアと技術の集大成といっても過言ではないほど工夫が詰め込まれている。
まず、ワインオープナーの要である、スクリュー。中心部に目を向けると、まっすぐなピンがあることに気づく。このセンターピンの存在があることによって、コルクの中心にスクリューが安定して差し込まれ、ぐらつくことなくワインを開けることができるのだ。
さらに、ハンドルの内側にはマグネットが仕込まれているため、ふとしたときに開いてしまうことがないほか、収納時に「パチン」と美しい音が響く。慎重にならざるを得ない“ワインを開ける”という行為を、楽しい、心地よいものへと変換させた。体験すら変えてしまう、そういうワインオープナーだ。実際、その使い心地と高いデザイン性が評価され、2009年の「グッドデザイン賞」受賞にもつながっている。
「自分たちの思う“こうだったらいいのに”から生まれるアイデアを、見逃すことなく製品化してきました。技術力がなければ実現できない製品ばかりですが、この土地で培ってきた技があるからこそなし得る。そのこだわりこそが魂であり、誰にも負けないプリンス工業ならではの強みです」
二階にある検品室には雄大な新潟の田園風景がひろがる
安価と良質。一見相反する要素を合わせ持った製品は、世界中に随分と増えている。決して安くはないプリンス工業の製品は、どのような位置づけなのだろうか。世界中にあふれる良質なものを「凌駕」するほどの製品をつくること。卓越した技術力がなくては実現できない、圧倒的な製品をつくること。
それがプリンス工業のプライドでもあり、ものづくりの指針なのだ。
しあわせは家庭のなかにあるのだから
工場内に何気なく飾られたアート
「ロングライフデザイン」という言葉がある。流行に左右されず、人々の暮らしのなかで長く愛されるデザイン性のことを、見た目や機能などさまざまな観点から評価してそう呼ぶ。プリンス工業は、そんなロングライフデザインを体現する生産者だ。
「我々は、新しい製品のアイデアを考えついたら、まずは4年間寝かせることからはじめるんです。本当にそのアイデアが、人々をしあわせにできるのかどうか、じっくりと見つめ、判断する時間が必要だからです。現在販売している製品も、4年以上の時間をかけて製品化にこぎつけたものでした」
彼らは、本質的で良いものをつくることを仕事にしている。その本質とは「長く愛されること」にあるのだろう。時代を越え、暮らしが変わり、流行やトレンドが目まぐるしく変化していく中でも変わることのない心地よさを探して製品開発を続けている。「Z缶切り」や「ワインオープナー」も、そうして生まれた製品たちだ。だからこそ、数十年のときを経てもなお購入したいと切に願う人がいて、唯一無二だと認識されるブランドにまで成長しているのだ。
「プリンス工業は家庭で使う製品群に特化した工場です。一日に三度ある食事の時間は、多くの人にとってかけがえのないものであるはず。その時間に寄り添えるような製品をつくりたい。ただ、それだけなんです」
プリンス工業の意志は、いたってシンプルだ。つくるものは台所道具、願いは暮らしの充実。そんな素朴な望みの実現に向けて、感性と技術力を磨き、彼らは今日もひたむきにものづくりに取り組んでいる。
プリンス工業株式会社
〒955-0814
新潟県三条市金子新田丙313-1
TEL: 0256-33-0384
FAX: 0256-35-2826
https://prince-kk.jp/