ワークショップを興味の入り口に。
三条仏壇の残された塗箔伝統工芸士 山田仏壇店
果たして、昔の伝統的な様式をそのまま残していくことだけが、正しいのだろうか。
そんな問いを自らに投げかける山田仏壇店の山田貴之さんは、三条ものづくり学校に入居しながら、蒔絵(まきえ)のワークショップも行う三条仏壇・塗箔(ぬりはく)部門の伝統工芸士です。
すご腕の職人技を継承し、仏壇の間口を広げようとする取り組みは、「見本として残すべき伝統」への情熱です。
伝統を残そうとするあまり、ものづくりの文化が一般の人々から遠ざかってしまっては本末転倒です。ワークショップを通して、山田さんが出した答えとは……?
京都の職人から三条の人々へ。三条仏壇の誕生背景
山田さんはここで、蒔絵体験を主としたワークショップを毎週土日に開催しています。
平日は本業の仏壇づくりに勤しみ、山田さんのお休みは祝日のみ。
そこまでして、ワークショップに力を入れているのには理由があります。
※ 三条ものづくり学校施設内における「山田仏壇店 体験工房 『塗場(ぬりば)』」の営業は2020年3月で終了しました。
これまでもワークショップの要望には積極的に応じてきましたが、頻度はだんだんと増加。
その度に手間をかけて準備をするよりも、専用のスペースがあったらいいなと思ったことが、三条ものづくり学校への入居の理由でした。
まずは肝心の三条仏壇について掘り下げていきましょう。
鎌倉時代の正安元(1299)年には法華宗の総本山「本成寺」、江戸時代の元禄3(1690)年には浄土真宗の大谷派「本願寺別院(東別院)」が建立されました。
なかでも特に三条仏壇と関係が深いのは、東別院。
京都からやってきた宮大工や指し物師、塗師、錺(かざり)金具師などの指揮のもと、三条の人々も建立に参加したことで、この地に技術が伝わりました。
三条仏壇の特徴は、正統的な宮殿(くうでん)造り、本漆塗(ほんうるしぬり)、金箔押し、そして質の高い飾り金具です。
三条仏壇のものづくりが盛んになった江戸時代には、刃物の有名な三条地域に、質の良い小刀が存在していたのでしょうか…。
山田さんが担う塗箔師(ぬりはくし)は、仏壇づくりの中では他の職人に指示を出す、ディレクターの立場でもあります。
「大工さんで言えば、棟梁のような立場が塗箔師なんです。」
そのため、全行程の作業が頭に入っていることが重要になってくる大事なポジションです。
山田仏壇店は、明治時代末期に木地師の工房として創業。
山田さんのおじいさんに当たる2代目が塗箔師に転向して以来、100年あまりの時代を経て代々、仏壇製作のディレクター業も担ってきました。
現在、新潟県の三条市内で他の工程の職人さんと綿密にコミュニケーションをとり、オーダーから完成まで一連の仏壇製作を請けられるのは、山田仏壇店だけです。
この家業を継いだ理由を、山田さんは「あまりにも自然なことだった」と振り返ります。
初日は「1日座ってろ。」 3年半の修行期間と漆(うるし)塗りの苦労
山田さんにとって、仏壇職人の仕事の様子は幼いころから慣れ親しんだ風景でした。
「住宅兼工房の環境で育ってきたので、小さい時は職人さんの真似をして1階の工房でよく遊んでいました。」
自然な流れで足を踏み込んだ塗箔師の世界。
修行先に自宅から通いながら仕事をはじめます。
「修行の初日に、まず師匠に言われたことがあります。」
ペンキを塗る時と同じ様に、素人の腕では刷毛目が出てしまうし、小さなゴミも付着します。
また、均一な厚さで漆が塗れていなければ、塗りが厚いところにどんどん漆の液がよっていき、「縮む」という現象が起きてしまいます。
この「縮み」の現象が起きないように漆を塗れるまで、まず1年かかります。
漆塗りの修行開始から2年がたってようやく、ゴミが表面につかず、均一に塗ることができるようになります。
漆の難しさは、その時の気候条件によっても乾き方が全く違ったり、不確定要素が多いところ。
山田さんでもいまだ「縮み」が起きてしまうこともあるそうです…。
「季節や天気、場所、時間帯によって、すぐ乾くこともあれば、しばらく乾かないこともあります。湿度計を確認して管理しても理由が分からなくて『今日は乾きやすい日だったんかぁ…』なんてぼんやりと思うこともしょっちゅうです。いつも『ははぁー、おっしゃるとおりです』なんて漆のことをなだめすかす感じですよ(笑)」
これほど神経を使う作業にも関わらず、「今日はちょっと変わった塗りをしようと思っていたので」と、山田仏壇の工房で実際に作業の様子を見せてくださいました。
市販のお豆腐を漆にまぜ、お醤油をほんの少し。
料理のレシピのようですが、お豆腐には塗ったときにざらざらした質感を出す効果があり、お醤油には乾きを遅くする効果が。
それぞれが古くから伝わる技法なのです。
「ケヤキなどの木地を使って、あえて木目を見せる塗り方もあるんですが、一度に塗らないと木地の色が濃くなって、木目が見えにくくなってしまいます。仏壇の戸は4枚で1セットなので、1枚でも失敗したら4枚全てやり直し。ケヤキの木地は扉1枚あたり約20万円するので、計80万円もの材料費がプラスでかかってしまうことになります。」
お客さんから「この木目が気に入ったので」なんて言われると、絶対に失敗はできません。
天気の様子を見ながら、漆が扱いやすそうな日を選び塗っていきます。
「そんなときに限ってピンポーンなんて、来客があると大変なんです(笑)」
山田さんは笑っていますが、想像を絶する職人仕事の細やかさには脱帽せざるを得ません。
塗りの作業だけでもこれほど大変なのに、さらに金箔を貼る作業もこなすのが、山田さんが担う塗箔師の役割です。
一万分の1ミリの薄さを操る。金色に輝くミクロの世界
厚さは、ほんの10000分の1ミリ!
手にのせると指紋のわずかな凹凸がくっきりと浮き出てしまうほどです。
さらに、やっとつかみ取れるようになった10枚の金箔の中からさらに1枚だけをつかめるようになるまでに数ヶ月──。
「ほら、小さいころから自分の家で職人さんの真似をしていたから、すぐできたんです。修行時代の3年半のなかで、金箔に触れていた期間は3か月もなかったと思いますよ。」
みるみるうちに、金箔がピタリと木地に貼り付けられていきます。
「あのー…喋って大丈夫ですよ?」山田さんがふと笑います。
取材陣が思わずその繊細な作業に見入って、黙り込んでしまっていました。
接着剤をつけたあとは綿で余分な量を拭き取るのですが、拭き過ぎればうまく貼りつかないし、拭きがあまければ、金箔の上から透けて汚い仕上がりになってしまいます。
「加減を調整するには、勘だけが頼りなんです。だから修行のときも、師匠は弟子に『とりあえずやってみなさい』としか言いようがないんです。」
長い時を経て、感覚でしか判断できない技術が受け継がれてきたと思うと、伝統に対する敬意もひとしおです。
職人技に驚いたところで、お話は三条ものづくり学校を中心に行われる山田仏壇のワークショップのことに。
ワークショップで感じた、伝統の新たな伝え方
ワークショップでは額に入った板やメガネケースのほか、スマートフォンのケースなどにも蒔絵を付けることが可能です。
また、下絵を自分で描くことが苦手な人も心配はご無用。
「塗場」に常備しているお手製の型紙を使い、誰でも本格的な図柄を作ることが出来ます。
本物の仏壇に施すのと同じ図柄もそろえています。
参加者の中には、趣味として蒔絵を始めたいという方もいらっしゃいます。
そこで山田さんは、一度ここで体験して、手順が分かったら家でも気軽にできるように、と心配りも忘れません。
「ワークショップ用の材料は、ホームセンターで買い揃えられるものをなるべく使うようにしているんです。敷居を低くして、とにかく三条仏壇にまつわる文化に触れて欲しい。型紙にするイラストはカレンダーの挿絵だって問題ありません。年賀状や手持ちの小物などに蒔絵をつけたりして、生活の中で簡単に楽しんで欲しいです。」
どんな形であれ、まずは興味を持ってもらうことが、ゆくゆくは技術の保存につながるはずです。
ワークショップを通して未来の職人候補が誕生したり、仏壇をオーダーするときに「こんな蒔絵ってできますか?」という話が出たり。
そうやって、体験が次の行動のステップへの後押しになることを山田さんは目指しています。
ワークショップは、技術のPR効果にもなり、金属加工や他のものづくり業者とのコラボレーションの依頼も増えてきています。
「ワークショップがきっかけでコラボレーションの声がかかるまで、想像もしなかった技術の活かし方もたくさんあります。ガラス製のコップに漆を塗ってみたり、ミニ四駆*に金箔を貼ったりね(笑)」
伝統とは、新しいものを生み出す「見本」になるもの
仏壇といえば、田舎の大きなお家に立派なものがどーんと置いてあるイメージですが、現代の家に置くとなると、なかなかそうはいきません。「極端かもしれませんが、仏様を祀る中身の部分だけ、宗教用具として伝統的な技法で作っていれば、外側は誰が作ってもいいと思うんです。燕三条の金属でも、加茂の桐箪笥でもいいし、アクリルだっていいかなって。今はそういったコラボレーションを考えて動き出しているところです。」
昔の仏壇のオーダーでは「故人が寂しくないようにいろいろ飾りをつけてください」と言われてきましたが、最近では「ただの真っ黒な箱のような仏壇が欲しい」と言われることも少なくありません。
しかし、時代が求めるものづくりの形が変わっていっても、職人の技術が求められ続けることを、山田さんは知っています。
「例えば、仏壇に使う金具の装飾だったら『龍や唐草模様などはいらないから、縁取りだけのまっ平らなデザインがいい』との注文もあります。手間が省けてラクなんじゃないか、って普通なら思うでしょう?でも、金具師さんにそれを伝えると苦い顔をするんです。『真っ平ら』が実は一番難しくて、並大抵の技術ではできないんですよ。」
自らも一流の職人技を継承し、その技術の新しい活かし方を模索する山田さん。
「伝統」という言葉に、どんな意味を見出しているのでしょう。
伝統工芸。それは未来を見据えたときに立ち返るべき技術の源泉です。
──だから、残していかなきゃな。
山田さんの柔らかい笑顔の奥に、職人としての使命感が垣間見えました。
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