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2017.10.16. UP

末永く愛される日本の鍋は、職人と女性の力で溢れていた。L’hirondelle/新潟精密鋳造株式会社

柔らかく温かみのある色彩と、燕のマークが印象的なL’hirondelle(以下、リロンデル)の鍋。
料理好きを中心に、じわじわと知名度をあげているが、これは約4年ほどまえに新潟県燕市で生まれたもの。新潟精密鋳造株式会社の職人技術と、新たな事業部に支えられ作り上げられている。
工場としては珍しい女性中心の事業部の体制と、その誕生秘話をリロンデルKitchenプランニング事業部プランナーの保科かおりさんに伺った。

燕三条の職人の工場から生み出された、家庭用の鍋。

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ロストワックスでできたチップ
「リロンデルの鍋を製造する新潟精密鋳造株式会社は、ロストワックスを専門とする素形材製作メーカーです。ロストワックスとは、ワックス=ロウを利用した鋳造方法です。
ロウで原型をつくり、まわりを鋳物砂で固めて中のロウを溶かすことにより空洞ができます。そこに溶かした金属を流し込み、冷えて固まると鋳物ができあがる仕組みです。このロストワックスの技術で、10mmの小さな産業機械部品や、大きいものでは1.5mの製品を作ることも可能です。同じ鋳物の制作でも、例えば南部鉄器では砂型が用いられて比較的量産がしやすいのが特徴ですが、ロストワックスのロウ型は、精巧で複雑な形のものができる代わりに、工程が長く約2ヶ月かかります。」

なぜ産業製品を中心に生産していた会社で、対極ともいえる家庭内で使う料理道具の自社ブランドが立ち上がることになったのだろうか。リロンデルの生みの親、保科さんが理由について語ってくれた。

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「このあたり(新潟県燕市)は、昔から工業製品やキッチンツールなどの受注生産の町として栄えてきた歴史があります。そのなかでも『ものづくり』に関心が注がれはじめ、次に自社ブランドの確立がうたわれ、最近では日本全体でそのような流れになってきました。私たちは、もともとキッチンツールのメーカーではありませんでしたが、せっかく洋食器の歴史のある町なので、それに付随したものづくりがしたいということでスタートしました。リロンデルという名前は、『つばめ』のフランス語訳から名付けたんです。」

当時は、受注生産が主流だった燕市においても、自社ブランド確立の流れがあったという。

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「いくつかの鋳物の会社が自社ブランドを立ち上げて、成功しているのを見ていたので、社内から自社でも何かできるものはないか、という話が出ていました。専務や工場の方からも、消費者に向けたものづくりをやっていこうと提案があり、タイミングよく補助金の申請ができたことにも後押しされ、実現化へと動き出しました。」

あらゆるキッチンツールの中で、なぜ鍋を選んだのだろうか?
保科さんからは意外な答えが返ってきた。

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リロンデルの色鮮やかなホーロー鍋
「実は、社内で先にサンプルができてしまっていたんです。名前も決まっておらず、普通の鋳物の鍋の状態ですが…。ステンレス100%だとIHが使えなかったり、形や、蓋を締める時の音など改善点がいくつもありました。そこからどうやって製品として肉付けしていくかを考えました。ステンレスの調合を2000回くらい工場側で試行錯誤してもらい、現在のものに落ち着きました。ステンレス鋳造のホーロー鍋は市場初のもので、特許も出願中です。」

リロンデルの鍋は、デザインありきで作られたのではなく、その素材の特性や性能からつくりあげられた製品なのだ。鍋のふたを乗せた時の吸着面や、気密性の高さにこだわり、とにかく使い手の立場に立って考えられている。
それに加え、鮮やかな色彩と、人体に有害と言われるカドミウムを使用していないので、安心して使えるのもうれしい。

家族に愛される鍋は、女性チームによる企画。家庭に豊かな食卓を提供したい

リロンデルの開発チームは、全員女性。さらに、子育てをするメンバーで構成されている。
改めて製品のコンセプトを見てみると、その理由もうなずける。

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「リロンデルのコンセプトのひとつに、毎日のごはんづくりや日常の楽しさを感じてもらう、というものがあります。ターゲットを『料理をきちんとする方』に絞って、開発するにはどんなメンバーが必要で、どんなスキルが必要かを決めていきました。制作のデザイナーやレシピを考える栄養士、販促物をつくる際のカメラマンなど、全てを女性が担当しています。発信もなんでも自分たちでやるスタンスなんです。」

今では3人のお子さんの母親でもある保科さんだが、独身時代は仕事が忙しく、自分のために料理をすることはなかったという。
「子どもが生まれてからは、意識が変わりました。子どもが口にするもの、例えば離乳食ひとつとっても、安全なものを食べてほしいと思うようになったんです。たまに外食をしたとしても、9割は手料理を食べさせてあげたい。そう思ううちに、次第に料理をする際の道具へと意識が向いていきました」

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「美や健康への関心が高まっていますが、結局は口に入れるものが全てなんですよね。つまり、食は美や健康につながっている。その基本をふまえてレシピを考えています。鋳物鍋はじっくりと調理をするイメージがあると思いますが、今の時代の女性たちは仕事をしていたり、子どもがいたりで忙しい方がとても多い。なので、『いかに安心で安全なものを簡単に時短で』作れるかが、リロンデルのテーマなんです。」

リロンデルでは、消費者との関わりをこの鍋、つまりキッチン道具ありきだけでは考えていない。
まずは使う、機会をつくることをテーマにあらゆる活動をしている。

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「新潟にはおいしいものが沢山あるので、農協さんで食育の活動をする『きらきらマーケット』を開催しています。他にもホームページでレシピの紹介をしたりと、直接的に鍋を売ることが目的ではなく、まずは食のカテゴリーに興味を持ってもらえばいいなと思っています。まず知ってもらい、興味を持ってもらうことが、私たちの役割です。」

保科さんの言う通りウェブサイトでは、リロンデルを使い簡単においしくできるレシピも公開している。

子育てや仕事に忙しい女性同士ならではの感性で、まず食について考える機会を提案するところから始まる。
そして、ゆくゆくはリロンデルの鍋の本来の魅力を知ってもらう道筋が見えてくるのだ。

直接的に売ることに固執しない保科さんたちの営業活動だが、この企画力には保科さんのバックボーンの影響も大きい。

ユーザーの顔が見える「コンテンツ」は現場の意識も変える

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鋳型に溶かした金属を流し込む職人たち
リロンデルの立ち上げに携わり、その後も販促物の制作、営業、展示会やイベントの参加に至るまで、できることはなんでも行ってきた保科さん。
その企画力や行動力の源泉はどこにあるのだろうか。

「以前は雑誌の編集の仕事をしていました。当時、新潟県内には女性誌がなく、全くゼロからのスタートで、一つひとつを作り上げ、雑誌を継続する努力をしていました。ないものをつくりあげたその時の経験が、今も活きているのかもしれません。編集者の仕事は、自分たちが立てた企画が雑誌になり、雑誌の売れ行きですべてが判断されます。この時、何をすると人が興味を持ってくれるのかを、感覚的に学びました。当時は読者に向けて雑誌のコンテンツづくりをしていましたが、現在は製品のユーザーに向けて、どういったことが喜んでもらえるのかを考えているので、やっていることは大きく変わらないですよね。」

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製品の先にいるユーザーのために自分が考え得ることや関われることは何でもやる姿勢は、保科さんの編集者時代に培われたものだった。
いまの状況でただ一つ、自分が関われないことがあるとすれば、それは商品の製造の部分。

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素早い動きで工場内の重機を操る職人の姿
リロンデルの開発にあたって、プランナーという立場の保科さんと現場の職人さんとで何度も意見を交わした。しかし、そこで現場と意見が食い違うことは無かったという。

「リロンデルは専門の担当者がわたしたちの意見を取り入れ、一緒に取り組んでくれたからこそできあがった製品です。現場の職人さんたちは、はじめこそ何をやっているんだろうって感じだったと思います。今はリロンデルが雑誌にとりあげられ、少しずつ知ってもらえるようになり、製品に対して愛着が生まれ、現場のモチベーションも上がっているんじゃないかな…。自分たちで作ったものが外部で評価されれば、工場の人たちにとっても励みになります。この製品がきっかけとなり、工場の現場全体でプライドのような気持ちが芽生えてきているように思うんです。」

二ヶ月にも及ぶリロンデル鍋の製造工程とものづくりの課題

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工場での作業についても保科さんは詳しく説明してくれた。

「冒頭でもお話した通り、ロストワックス製造の工程はとても長く、ひとつの鍋ができあがるまでに約2ヶ月かかります。まずはじめに、ワックス形成と鋳型の制作工程があり、鋳物師が1600度で溶かしたステンレス合金を鋳込む鋳造工程、手作業による研磨の工程、塗装の工程、琺瑯師の手によって釉薬を吹きかけるホーロー(琺瑯)の工程を経て完成します。それぞれの工程に熟練の技術が必要になるので、基本的には同じ職人さんがその工程を長い期間、担当します。」

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チップ状のロストワックスを温めて溶かしているところ

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溶かして大きな固形にしたロストワックスを、プレス機で製品の形に形成する

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製品の形に成型されたロストワックスの周りに、耐熱1700℃のセラミックの液体を何層もつける

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セラミックの液体を固め、鋳型を作る

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1600℃に溶かされた合金を鋳型に流し込む

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熱せられた合金が流し込まれ、内側から発熱する鋳型

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一つひとつが職人の手で研磨される

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検品には、細やかな注意を得意とする女性スタッフが活躍する
生産できる量に限りがあるため、リロンデルの鍋を問屋に卸し、大量に売ることは物理的にできないのだそうだ。

ここには、ものづくりの裏に潜む問題点も見え隠れする。

「手仕事で、そして少人数でやっているような事業者さんは、ものすごく原価が高くなるうえに時間もかかってしまいます。今は、またものづくりの時代になってきているとは思いますが、流通に対する課題はまだまだ残っています。例えば、催事であれば百貨店にも出せますが、そこに問屋が入って流通するということになると、数の確保や掛け率などの問題が出てきてしまうんです。私たちはエンドユーザーに向けての発信や、小売店との取引を中心にきちんとエンドユーザーに売ってくださるようなバイヤーにお願いをしているので、問屋任せでどこに売られているかが分からない取引はしていません。」

「今までやってきた工業製品が工場で稼働してるからこそ、リロンデルができるのであって、これだけで生計を立てろと言われたら正直難しいのが現状です。当社だけではなく、ものづくりに取り組んでいる企業は、何か新しい突破口をつくりたいと思っているのではないでしょうか。新しいブランドが企業の顔となるまでには、一つひとつ課題をクリアしていかなくてはなりません。」

工場が自社製品を作り、流通させ、販売する。
この流れをよりシンプルにしていくには、まだ多くの課題が残されている。

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ものづくりの街、燕三条の地域の潜在力を活かすこと。

保科さんに、燕三条という土地柄についても伺った。

「うちの製品は、鋳物鍋のジャンルで言えば、海外の製品も入れて、3、4番手です。その中でどう売っていくかということを考えた時に、“Made in TSUBAME”(燕地域で作られたことを証明するもの。燕商工会議所で認証される)は強みのひとつです。今まで先人達が一生懸命やってくれた土台があるからこそ、『燕といえばキッチン製品の町』『良質なキッチンツール』と認識してもらえます。生産地で差別化ができるのは非常にありがたいことです。他県の行政では、食べ物に対して力を入れているところはとても多いですが、工業製品でここまで県や商工会議所が地域産業として推してくれる地域は珍しいですよね。」

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こうした産地の力を活かした製品は、昔は国内の展示会に出展するのが主流だったが、海外製品におされ、内需も行き詰まっていることから、日本のものを海外に売ろうという考えにだんだんシフトしつつある。
その中でも、古くから職人たちが真摯に向きあってきた功績から、燕三条ブランドには信頼があるのだ。

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三条ものづくり学校に入居していたリロンデル企画室。2017年5月に卒業し、現在は三条市内に企画室を作った
「地域は村社会の一面も持ち合わせているので、しがらみも正直あります。ですが、私たちは新参者なので、キッチンウエアの聖地であるということを自覚して、今まで先人が築き上げてきたものを大事にしなくてはならないと思います。一方で、昔当たり前だったことが当たり前でなくなっていることも事実。かつては量を作って受注元のブランド名を入れるようなOEMが中心でしたが、しっかりしたものを作っていても、注文がなくなれば、それですべてが終わりになってしまう。自分たちの技術をブランドとしてどう売っていくか、知ってもらうかが、これから非常に大事になってくるのだと思います。」

新しい時代の愛されるものづくり

「リロンデルの製品は、機能面ではもちろん自信がありますが、他の鍋と比べてもできる料理や中身はほとんどかわりません。ですので、あとは手に取ってくださる方がそこで何に愛着を感じ、使ってくださるか、ということだと思います。」

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金属加工製品によって発展してきた燕三条の土地。

手間ひまのかかるロストワックス製法と、それを支える職人の技術。
そして女性たちによる新しい視点と、類まれな実行力が融合することで誕生した“リロンデル”。

日本の家庭を彩る愛のある鍋は、確かな技術と、製品への愛情に支えられている。

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L’hirondelle/新潟精密鋳造株式会社
住所:新潟県燕市砂子塚726-3
電話番号:0256-64-8776
http://hirondelle.co.jp/