アニメキャラクターがインフルエンサー。金物の街の億超え商品「アルティメットニッパー」の秘密 ゴッドハンド
ゴッドハンドは、角田稔さんの父(現社長)が1964年に創業した株式会社ツノダの子会社として2010年に燕市でスタート。親会社の株式会社ツノダは、新潟県の燕三条で作業工具のペンチやニッパー、ケーブルカッターを主力商品として製造するメーカーです。
そんな新潟県のいちメーカーがいま、「プラモデル専用」というコアな市場で多くのファンを獲得しています。
その起爆剤となったのが、インフルエンサー、「ニパ子」の存在。
工場の技術力と、インフルエンサーを使ったPR戦略のふたつが噛み合ったからこそ確立できた、大ヒット商品アルティメットニッパーの舞台裏に迫ります。
もう他のニッパーは使えない。高価でも売れるその「究極さ」
こう話すのは、ゴッドハンドの創業者で代表取締役の角田稔さん。
社名に恥じることなく、驚異的な使用感がモデラー*たちの間で反響を呼び、プラモデル専用ニッパーとしての地位を確立しているのが、「アルティメットニッパー」です。
そして、この売上に大きく貢献しているのが、アルティメットニッパーのPRのために誕生した、「ニパ子」の存在です。
人気フィギュアシリーズ「ねんどろいど」での商品化ほか、WEB漫画サイト『MAGCOMI』にて「究極!ニパ子ちゃん」を連載するなど、キャラクターとしての人気も絶大です。
ニパ子の公式Twitterのフォロワー数はなんと3万人超えていて、この影響力により工場はネット販売サイトに広告費をかけるだけでは獲得できなかった、新たなマーケットを開拓することにも成功しました。
角田社長が築いた、ゴッドハンドとアルティメットニッパーの技術基盤。
高橋さんが生み出した、ニパ子によるインフルエンサー的な販売効果。
ひとつずつ紐解いていくために、まずアルティメットニッパーの誕生秘話から伺いました。
「俺しかいなかったんです。」二代目として挑んだ新会社の設立
「結婚を機にツノダに入社して専務になったのですが、当時は販売経路が問屋しかない状態でした。ツノダの役員会議で、自分たちで売る方法として販売専門の子会社を作ろうかと話し合っていたときに、父がおもむろに『お前、どうするんだ』と。小さい頃から跡継ぎとして育てられていた身としては、『俺がそこの社長をやるよ』と答えるしかない状況でした。」
そんな背景で2010年に走り出したゴッドハンド。
会社とはいえ、中で働くのは角田さんと、手が足りない時に助けてくれる奥さんのたった2人だけ。
「店舗を持つリスクや営業の手間を考えると、ネット販売がベストだという考えは始めからありました。楽天市場にショップを構えて運営していたのですが、ネット販売だけでは全く会社が成り立たなかったんです。それでも、自社でオリジナル商品を作れば、在庫管理のリスクを抑えられるかなと。まずは試しに、ツノダで欠陥品としてはじかれたニッパーを改良してみることからはじまりました。」
しかし、作業時間に対しての利益を考慮すると、量産の場合は時間をかけずに良い物を作ることが重要視されます。
「親会社のツノダでは、『高くて良い物を作れるのは当たり前。安くて良い物をいかに効率的に生産するか』と考えるのが正義でした。それでも、経営すら厳しかった当時のゴッドハンドでは、それを無視してでも新しい製品を作って、消費者の反応を確かめる必要があったんです。」
ひとまず10個だけ、「究極のニッパー」を作ってみよう。
そう考えた角田さんは、工場の人たちが帰った後、たったひとつのニッパーの刃を深夜2時までひたすら削り続けました。
これが、アルティメットニッパーの誕生につながります。
しかし、なぜプラモデル専用のニッパーなんて、コアな製品を作った理由は何だったのでしょう?
そんな切れ味の、使うだけで自分が「ゴッドハンド」になれる道具とは一体…?
実際にアルティメットニッパーを使わせてもらうと、その意味がよく分かります。
驚いたことに、この感触がアルティメットニッパーの場合はほとんどないのです。
まるで柔らかいものを切っているかのようななめらかな感触と、手への反動をまるで感じない切れ味。
普通なら凹凸の気になる切断面も、こんなにまっすぐに切ることができます。
販売店によって異なりますが、アルティメットニッパーの定価は5,000円前後。
高くても2,000円代といったニッパーの相場からすると高額ですが、モデラーの中には「これを使ったらもう他には戻れない」と言う人も少なくありません。
角田さんが試行錯誤の末に身に生み出した刃付けのノウハウは、機械の前に立つときのフォームや、研磨の角度まで細かく工場内で体系化されています。これにより、覚えれば誰でも究極の刃付けができるようになる教育の体制が整えているのです。
現在は刃付けの工程のみに特化した職人集団が所属する「極(きわみ)株式会社」を設立し、ゴッドハンド製品の質を担保しています。
そんな状況を打破するために、ゴッドハンドではネットショップのページ管理やPRの専門スタッフを募集します。
そこでメンバーに加わったのが、ニパ子の生みの親である高橋大介さんでした。
ニパ子の誕生がもたらした相乗効果で、新たなファンを増やした秘訣
アルティメットニッパーが2013年に発売してから約2年の歳月が経っていました。
「入社して最初に任された仕事は、楽天市場のアルティメットニッパーのページを新しく作り直すことでした。アルティメットニッパーは、切れ味を良くするために繊細に作られているので、商品ページにとにかく注意書きが多かったんです。それでもユーザーにちゃんと読んでもらい、購入につなげる方法はないか考えた答えが、漫画でした。」
しかし、漫画制作を外注するとなると、30万以上もの予算が必要になってしまいます。
仕方なく自分でなんとかしようと、高橋さんは漫画作成ソフトを使ってみることに。
「そのとき丁度、キャラ作成用に新しくツインテールのパーツが追加されていたんです。『お、これなんかニッパーっぽいな』なんて思いながら実は5分くらいで出来上がったのが、初代のニパ子なんです。ちなみにセーラー服姿なのは、そのソフトで服装がこれしか選べなかったからです(笑)」
ニパ子の誕生の裏には、しっかりと練られたPR戦略がありました。
楽天市場のユーザーには、漫画やアニメが好きな人が比較的多いこと。当時はゲームなどの影響で「擬人化」が注目されていたこと。SNSはTwitterが主流だったこと。
このタイミングでとにかくネット上の話題になることが、アルティメットニッパーの知名度を上げるための切り札になると高橋さんは読んでいたのです。
高橋さんが事前に擬人化キャラクターやアニメと親和性が高そうなウェブメディアを中心に、ニパ子のプレスリリースを送っておいたところ、記事で紹介してもらうことができたのです。
これには高橋さん自身もびっくり。
さらに、インターネットの拡散パワーはミラクルを引き起こします。
「ニパ子のことがネットで話題になったことで、モデラー界の著名人の方々が『実は前からアルティメットニッパー使ってたけど、これ本当にいいよ!』とTwitterで名乗り出てくださったんです。おかげで一般のユーザーさんにも『あの人が勧めるなら』と興味を持っていただくきっかけになりました。」
その情報が瞬く間にTwitterでシェアされ、高橋さんが作った楽天市場の商品紹介ページには、リリース後すぐにアクセスが集中しました。
その結果、それまで1日に1本売れるくらいのペースだったアルティメットニッパーが、1時間もせずにまたたく間に100本以上売れ、最終的には1日に3000本分もの売上を叩き出したのです。
と高橋さん。
プロのモデラーたちに愛用されるくらいの質と知名度が基盤にあったことと、ニパ子の誕生が掛け合わされたからこそ、アルティメットニッパーの認知度向上につながったことは言うまでもありません。
これを機に、ニパ子専用のTwitterアカウントの運用も始めた高橋さんは、広告費をかけずに、ユーザーと直接コミュニケーションを取れる関係性を築いていきます。
ユーザーとの関係性が出来上がってくると、Twitter上で商品開発の話も進むようになりました。例えば、ゴッドハンドの人気商品のひとつに、「刃のないニッパー」があります。
これは、元々はエイプリルフールにニパ子アカウントで「刃のないニッパー作ろうかな」とTwitterに投稿したところ、複数人のフォロワーから「それ、ピンセットの強化版みたいに使えるので需要ありますよ」と返事が来たことが発端でした。
ニパ子の試作中には興味を示さなかった角田社長も、ユーザーの生の声を商品開発に取り入れられるようになったことをチャンスと捉えました。
「欲しい人が10人集まったら商品化します!みたいに、実験的に新商品を作れるようになりました。なんか変なことやってる工具のメーカーがあるぞ、みたいに思ってもらえるのが自分たちにとっても好都合で、ベンチャー企業みたいな雰囲気でものづくりを楽しめるようになったんです。」
ニパ子と一緒に、アルティメットニッパーが生まれる工場に潜入!
ゴッドハンドの子会社として独立させることで、余計な業務を負担させずに、刃付けのみに特化した職人の育成を目指しています。
一般人の目では「これで完成でもいいのでは?」と思ってしまう状態でも、ゴッドハンド製品ではまだまだ未完成です。
アルティメットニッパーの製造には、ほとんどの工程に人の手が加わっています。
一般的なニッパーと工程数自体は同じでも、ひとつの製品が出来上がるまでにかかるのは約10倍。それほど、刃付けの工程にかなり時間をかけている証拠です。
安定してきたからこそ、新しいことに挑戦できる環境の再構築を
そう話す角田さんは、極(きわみ)とゴッドハンドの会社としての成長についても常に考えています。
「一人前になった職人にはどんどん独立してもらい、それぞれが工房の社長になって弟子を持つ『極(きわみ)ホールディングス』みたいなカタチも夢があっていいなと思います。人も会社も、成長しなくなったら終わり、これが僕の哲学です。」
一方で、ニパ子とゴッドハンドがちょうどいい距離感を保っていくことは、広報である高橋さんに任されています。
ニパ子は、今やものづくり企業のPRという枠組を通り越して、アニメや漫画、フィギュアにまで登場するほどの人気キャラとなっています。ホビー関連のメーカーから、ニパ子を使ったグッズ制作の提案や依頼はあとを絶えません。
高橋さんも夢を語ります。
「とはいえ、あくまでものづくりの分野からニパ子を完全に離すのも違うと思います。いつか、燕三条でニパ子をイメージキャラクターにしたお祭りを開催し、地域に貢献したいと思っています。」
一方に頼らない最強の関係性。影響力だけの張りぼてではなく、中身も本物でありたい
また、他社から依頼があってニパ子のコラボグッズを作ることはあっても、ゴッドハンドの完全オリジナルでニパ子のグッズを作ることもありません。
──キャラクターの知名度のお陰でモノが売れたとしても、ものとしての質が良くなかったら意味がない。
こんな、角田社長と高橋さんの共通の意志の現れが、そうさせているとのこと。
お互いに、付かず離れずの関係性を維持しつつも、それぞれがより高みを目指していく関係のバランスの良さこそが、ゴッドハンドの何よりの強みなのかもしれません。
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